教育

2008年5月10日 (土)

グローバル時代の大学教育、一ツ橋大学ビジネススクール

先日ご報告したように、Golden Week前半はいつものことですが、せわしなく飛び回ってきました。

6日は休みでしたが、一ツ橋大学ビジネススクールで行われた石倉洋子教授のCompetitivenessのクラスFinland大使と参加しました。石倉さんのリードで問題提起があり、対話形式で進みました。学生達もドンドンと手を挙げて積極的に発言し、いろんな意見が出て実に建設的で楽しい時間でした。

ここの講義は全部英語で、学生も7割ぐらいが留学生です。講義の教員もHarvard Business SchoolをHubにして、世界のいくつもの代表的なビジネスを互いにネットで見ることが出き、評価も共通なものにしているそうです。これだけ広らかれた評価をされると教員も大変でしょうが、世界の多くの教員の講義の様子なども参考にして、がんばれるのです。教育の質、講義の質について教員達も厳しいけど、文句のつけようがありませんね。これがネット時代の怖いところでもあるのですが、グローバル基準で競争する醍醐味なのです。こんな大学ほかにありますか?これでなければ日本の大学は世界から優秀な若者を集められませんね、フラットな時代にはみんなに知られてしまっていますから。大学人たち、しっかりお願いしますよ。

クラスが終わってから、India、US、Bangladesh、Russia、Myanmar、Poland、Uzbekistan、Thailand、Vietnamなど、いろいろな国の学生さんたちを交えて、ラウンジでワインを楽しみながらひと時を過ごしました。素敵なおもてなしに感謝。

グローバル時代の大学教育のあり方と評価については、最近の石倉さんのコメントと、実に示唆に富む論文が出されています。竹内弘高研究科長の方針も最初から厳しいものだけど素晴らしいですね。

ところで、このフォローアップが、石倉さんのブログに出ていますので、参考にしてください。


2008年5月 9日 (金)

Bill Gatesとの会談

Dscn05067日の朝からJakartaへ。Microsoftが主催する「The Government Leaders Forum- Asia」のパネル、“IT and Healthcare”のKeynote Lectureにお招きを受けたのです。日本からも慶応大学副学長でネットと言えばの村井純さん(パネル素晴らしかったです)、広島市長の秋葉さん他、約20人ほどが参加されました。

この会議はMicrosoftがアメリカでスタートさせ、次いでヨーロッパ、そしてアジアでは4年目になるようです。Indonesiaの担当大臣はじめ、ASEAN事務総長のSurinさん(この2ヶ月間で3回も会っています)などの講演のあと、第1日目は3つのパネルがありました。Indonesia大統領、そしてBill Gatesの講演は2日目に予定されていましたが、私は残念ながら1日目の夕方にホテルを出発し、帰国の途に着きました。ちょうど44時間ほど、日本を離れていたことになりますね。

私のパネルのあと、Gatesさんとの会談がセットされていて、先日のGlobal Health Summitのこと、G8を始めとするグローバルな課題、教育や医療の“IT化”の課題などについて話をしました(写真、さすがに周りはピリピリしていました)。
とても切れますね、黙っているときも資料に目を通していました。日本Microsoftの大井川さんの話では、いつももっと気難しそうにしていて、あんな表情のGates氏を見たことがないと言っていました。


2008年4月30日 (水)

Singapore、Paris、そしてCassisへ

24日の午後、Singaporeへ向けて出発。日付の変わる頃にホテルにチェックイン。25日はA*STAR理事会です。いつもながらテキパキとした議事と議論が進み、午後には新しく設立された免疫研究室を訪問しました。日本はこの分野は強いので、若い研究者が独立するにはよい場所だと思います。ここで活躍している元京都大学ウイルス研究所の伊藤教授とも電話でお話しました。

Singaporeに滞在して24時間もたたない25日の夜遅く、Parisへ向けて出発。1日ゆっくりしながら、夜はParisにいるフランス人の知人から、SONY Computer Science LaboratoryMario Tokoro社長北野さんのお二人と一緒にご招待を受けて、5人でSt. Honoreの日本大使館と英国大使館の間にある素敵な会員制のクラブで食事をしました。いろいろと話が弾みましたが、やはり、一緒にいる人たちと場所の雰囲気や伝統、環境といったものは大事ですね。これはマネをしようとしてもなかなか無理ですが。

Parisは素晴らしい天気。空気はからっとして、木々は濃いミドリ。一年で一番いい季節ですね。とても気持ちいいです。去年もこの時期にParisに滞在しました。たまには、ゆっくり海外で時間を過ごすのは素敵です。とはいっても、結構忙しい日程です。

26日、Gare de Lyonを出発し、Marseilleへ。そこからCassisへ向かいました。SONY研究所の主催する“Sustainability”をテーマにした、こじんまりとした会議です。去年はCamargueで開催されました

3月にはUNESCO-L’Oreal 、4月にはPecresse大臣の来訪、さらにフランスのテレビ局の取材などが続き、このところどっぷりとフランスに浸かっているような気分です。

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写真1 Cassisの港




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写真2 泊まっているホテル




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写真3 Cassisの海岸線




写真1〜3はCassisの風景です。白い崖に囲まれたリゾート地で、日本でいうと逗子のような雰囲気ですね。最近ニュースにもなりましたが、ここはあの「星の王子様」で有名なサン・テクチュぺリ の飛行機が撃墜されて沈んだ場所でもあるのです。


2008年4月17日 (木)

アメリカ内科学会日本支部 年次総会

このブログでも何度か紹介していますが、米国内科学会には日本支部があり、日本内科学会が支援してくれています。アメリカ大陸の外では初めての支部で、グローバル時代に相応しい内科医を育てたいというミッションの下、活動しています。例年のように本部から会長のDavid Dale教授(University of Washington、Seattle)が奥様と来日され、4月11日は楽しい夕食となりました(写真1)。

Acojchapter2008写真1 Dale先生ご夫妻と夕食。左からDale先生ご夫妻、桧山先生、宮本さん(事務局長)、上野先生そして私

4月12日の年次総会ではプログラムにいろいろと工夫がされていました。医学生・研修医を対象に「英米的症例討論」が行われ、昼は医学生による「女性医師の活動について」研究発表と討論がありました。これは女性医師によって組織されている委員会のプログラムです。今年の主要テーマは、女性医師の問題、リーダーシップ、メンターなどで、ゲストのDr. Heshiki(平敷さん、元埼玉医科大学放射線科教授、Johns Hopkinsなどで活躍)の力強い講演がありました。

また、臨床研修でも人気の高い千葉県鴨川病院のGremillion先生による「Ichimoku Ryozen:一目瞭然」は例年大人気で、何例かの日本でも特徴ある良く練られた症例と工夫されたプレゼンです。いつもながら教えるのが上手です。お手本にしてください。

今回、日本支部では「Annals of Internal Medicine」をはじめとするJournal の記事を、100人近い会員がネット上ですばやく翻訳し、サイトに掲載、メールで知らせるなどの活動をしていますが、それに対して本部からEvergreen賞が表彰されました。皆さんのおかげです。多くの会員の方たちにも利用され、診療や臨床教育の現場で活用されていると聞きます。ぜひ皆さんも入会してください。

また、Volunteer Awardは「Psychiatry in Primary Care」の活動を広げている井出先生が受賞されました。この10年、特に「欝(うつ)」の増えている日本の現状からも大事な活動です。おめでとうございます、これからの更なる活動を期待しています。

終了後は恒例のレセプション、日野原先生の他に、今年は学生さんや研修医の参加が多くて楽しかったです(写真2)。後で学生さんたちから嬉しいメールをたくさんいただきました。世界を広く体験し、グローバル時代に相応しいキャリアを求めて欲しいです。将来は若者たちのためにあるのですから。

Jpg2008写真2 レセプションで学生さんたちと、これが一番楽しい。(メールをくれた平山君からの写真)


2008年4月16日 (水)

フランス文部科学大臣来訪

4月10日、フランスのFillon首相とPecresse文部科学大臣が来日され、11日の朝に文部科学大臣のMs. Valerie Pecresseの訪問を受けました。大臣とは昨年の6月12月にお会いしています。彼女は学生の頃に日本語を勉強し、過去に2度ほど日本で仕事をされています。部屋に入ってくるなり、いきなり日本語で「キヨシさん、お元気ですか!」。

話は、今年のG8洞爺湖サミット前の6月に沖縄で開催されるG8科学担当大臣会合の件や、いくつかの科学政策・高等教育政策についての議論が中心でした。Franceは大学と国立研究所の大改革の最中で、学生や大学関係者たちのデモなどもあり奮闘しています(日本にはデモをするエネルギーもないようですけど)。まだ40歳という若さで、お子さんも二人を育てながらの活躍は素晴らしいです。

Minissterpecress02写真1 Pecresse大臣と

夜はFrance大使館でFillon首相の歓迎レセプションに出席しました。団十郎さんの流暢なフランス語のご挨拶と邪気払いの“にらみ”、眼力のご披露がありました。Fillon首相の挨拶の後、Swiss大使公邸に向かい、今年行われたダボス会議の“お礼”レセプションに出席。さらにそこから移動して米国内科学会会長のDale先生ご夫妻との会食に向かいました。


2008年3月13日 (木)

UNESCO-L’Oreal女性科学者賞10周年、Parisから

5日の夜、成田からパリへ。UNESCO-L’Oreal For Women in Science賞が始まって10周年の記念行事です。今年、10年目の2008年受賞式もあります。Laureates(受賞者)は50人を越え、そのほかにもInternational Fellowship、National Fellowshipを入れると500人近い女性科学者がこの10年で表彰を受けています。素晴らしい社会貢献です。今年はその中の40人弱のLaureatesが参加しました。

6日の朝に到着して一休み。午後からUNESCO本部で行事が始まります。まず、LaureatesによるCharter(宣言書)として10のCommitments(約束)の紹介とサインの儀式がありました。10の約束についてはサイトを見てください。なかなかいいですよ、皆さんも実践してください。私は今年の選考委員の一人として参加しました。記念行事は1週間続くのですが、私は授賞式だけの参加になりました。

この後に今年の受賞者の表彰式が行われました。松浦UNESCO事務局長、L’Oreal社長Sir. Linsey Owen-Jonesが流暢なフランス語でご挨拶。受賞者の紹介は選考委員長で1999年Nobel医学生理学賞を受賞したRockefeller大学のBlobelさんです。受賞者お一人ずつ、まず受賞者を訪問して作成された数分の映画から始まり、受賞者の業績をBlobelさんがわかりやすく紹介。そして受賞者登壇と挨拶があり、これが5人について順々に行われました。その後で、受賞者一人ひとりに松浦さんとSir. Linseyによる賞状の授与。なかなか素晴らしい演出でした。

アジア太平洋を代表した受賞者では、日本の岡崎恒子さん(2000年)と米沢富美子さん(2005年、今回は欠席)、中国のFang-Hua Liさん(2003年)、前からよく知っているHong KongのNancy Ip さん(2004年)、そして今年は韓国のNarry Kimさんが受賞されました。

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写真1 岡崎さん




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写真2 Nancy Ipさん




選考委員の注目するところは独創性などの業績の質ですが、一番大事なことは「独立した研究者としての成果か?」という点です。今年のKimさんはsmall RNAの研究ですが、37歳でソウル大学のAssistant Professor(助教授)です。素晴らしい業績で、全員一致で推薦し、問題なく決まりました。私は、なぜ独立して研究業績を挙げることができたのかを知りたくて、選考委員会の翌週にソウルに行き、Kimさんにお会いして話を聴きました

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写真3 Blobelさん、松浦さんと




ソウル大学で修士、Oxford大学でPhD、Pensylvania大学でPost-doctoral fellow、帰国して助教授。教授は帰国して何年かは研究費を支援し、機器も自由に使わせてくれ、大学院生も2~3人をつけてくれたそうです。論文は全てKimさんの仕事だからと、共著者になることは辞退されていたということでした。そして独立することができ、教授のサポートに本当に感謝していると言っていました。この教授は彼女を独立した研究者に育てていたのですね。なぜでしょう?いつか聞いて見たいと思っています。日本では若い人たちが独立せず、競争の中で育って来ないので、外からは誰が伸びてくるのか、そして誰が次世代を担えるのかが見えないのです。基本的に教授になるまで、外から将来を担う人材の比較が見えないのです。これでは独創性はなかなか育ちませんね。かわいい子には旅をさせろ、です。

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写真4 Narry Kimさん




Kimさんの受賞の言葉では、子供が二人いるので一時は研究をやめようと思った、託児所などの社会のサポートが大事だと訴えていました。当然ですよね。彼女のお子さんにも会いました。日本も若い才能ある人たちに素晴らしい機会を、そして独立して才能を伸ばす機会を広げたいものです。独立した研究者とは教授である必要はないのです。教授であることは結果です。教授は若い人を育て、才能を伸ばす機会を提供することが大事だと思います。若者が将来を切り開くのですから。

ホテルはConcorde広場とSt. Honore、日本大使館に隣接したSofitel。場所は最高でしたが、あまり時間に余裕がなく、翌日午前に出発。帰国の途へ。残念。

空港には映画のスクリーンほどもあるLaureates一人ひとりの写真が、ここかしこに展示されていました。


「国際保健で主導権発揮を」・「イノベーションの課題」

日本経済新聞(2008年3月11日)に掲載された記事「経済教室 国際保健で主導権発揮を」を、記事講演録一覧に追加しました。

 「経済教室 国際保健で主導権発揮を」

2007年10月18日に開催されたエンジニアリングシンポジウム2007での講演録を、記事・講演録一覧に追加しました。

 「イノベーションの課題」
 

その他の記事・講演録等はこちら ≫≫≫


2008年3月 7日 (金)

世界の大学改革の激変: 日本の「一流」大学の大相撲化は待ったなし

このブログを読んでくれている方たちには理解いただいていると思いますが、これからの時代の人材の育成は、国家の根幹をなす最も大事なことです。世界中の国が優れた人材を育て、集め、それが国の信用にもなるということを良く知っているのです。

その方策として「一流」大学を世界に開放された場所にすることが必要です。「大学の大相撲化」(このキーワードでこのブログをサーチしてみてください)です。といってもそんなにすぐには動きませんが、少なくとも先進国の一流大学は、世界の素晴らしい若者たちが集まリ、切磋琢磨する国際村となっています。こうしたことは日本の若者の視野を世界へ広げるでしょう。そして日本のことをしっかりと考えるようになるでしょう。大人に言われてするのではなく、自分でね。

繰り返し開かれた大学への転換を提唱し、東京大学総長にも提言し、「イノベーション25」にも具体的な政策として掲げ、閣議決定もされています。具体的政策には大学入学時の理系文系区分の廃止、一斉の入学試験制度の廃止、中学校時代から双方向の夏休みホームステイ、高等学校のときは1年の交換留学、大学も1年程度は双方向の交換留学、授業の20%程度は英語で(勿論ブロークン)、などなどです。

大学人は情けないですね。何を考えているのでしょう。この時代に、日本で本当の意味で「実質的に」国際的に開かれている大学は、国際教養大学とアジア太平洋大学ぐらいじゃないですか。両方とも学部学生の50%は外国人です、先生たちも。英語圏ばかりでなく、ドイツ、フランスなども同じような政策をどんどん進めています。これからの世界で活躍し、新しい価値を作る「人材」・「人財」を作ること、これが国家の将来を決めます。

最近出た月刊誌「選択」にこの辺の大学の様子を報告しています(PDF)。このグローバルへの急速な変化は怖いですね、本当に。日本だけがますます取り残され、鎖国になっていくようです。日本の若者の将来はどうなるのでしょうか?また、ここで何度も紹介している大学人が自分たちでしっかり行動してください。できない理由はどうでもいいのです。「What to do」ではなく、「How to do」ですから。時間はあまり残っていないと思いますが。

そういえば、福田総理も留学生30万人計画を出していますね。


2008年3月 5日 (水)

ニューデリーから-2

ニューデリーでの2日目、3日目はもっぱらホンダと現地のビジネス関係の訪問が中心。

まずは、ホンダ(Honda Siel Cars India)へ。武田川社長はじめ、松崎副社長兼工場長とお会いしました。社長から苦労されたお話や、会社の現状と今後のPlanについてお話を伺いました。松崎さんは1982年にアメリカで工場を立ち上げ、都合15年間滞米。その後もアジア各地でご活躍され、ここの工場を立ち上げています。工場はとてもきれいで、従業員の皆さんも礼儀正しい。これはずいぶん苦労されましたね。

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写真1 Honda Siel Carsを訪問




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写真2 同じく玄関で




その後、電通の現地事務所、IITのNew Delhiキャンパスを訪問。夜は大使館でイランから着任された堂道大使と瀬戸一等書記官、角南さん等と歓談。瀬戸さんには2年前にここで開催されたアジア学術会議の時に大変お世話になった方です。

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写真3 IITのNew Delhiキャンパスで




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写真4 日本大使館で、左から角南さん、堂道大使、私、瀬戸一等書記官




翌日は現地の三井物産、Hero GroupのMunjalさん、インドビジネスの大物の一人National Manufacturing Competitiveness CouncilのChairman、V. Krishnamurthyさん(写真5)、 Confederation of Indian Industry(経団連に相当するものでしょうね)を尋ね、ビジネス中心の話になりました。インドは特に日本の会社、技術と組みたいと思っているのですが、日本のビジネス慣行は決めることも話の進み方も遅く、合弁会社は日本側が半分以上の株を持つことに執着する。これでは韓国や中国の企業にどんどん取られてしまいます。また、ヨーロッパやアメリカとのビジネスがどんどん出てきているといった話をいろいろと聴きました。

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写真5 角南さん、Krishnamurthyさんと




Hero GroupのMunjalさんのところではDymlerとの合弁の話が進み、昨日はFranceのSarkozy大統領から手紙が来たところだといっていました。

以前、インドの科学技術大臣、大蔵大臣、産業大臣、また首相等ともお会いしたことがありますが、皆さんビジネスも科学も独特で素晴らしい方が多いです。インド特有の「難しさ」はいろいろありますが、みすみす指をくわえてみていることはないでしょうね。いろいろとビジネスのやり方はあると思います。

その点ではスズキ自動車の鈴木会長は立派ですね。ご当地の車といえばスズキというぐらいになっているのですから。何でも先に出かけて汗をかかなければなければ、いい果実は取れません。また現地の慣行と、現地の人たちのインセンテイブも大事でしょう。

ビジネスの皆さん、がんばってください。インド、そしてアジアの成長に乗って、一緒に経済成長の展開をしたいですね。とにかく、日本はこの10年間、GDPが増えていない唯一のOECD国なのですから


2008年3月 4日 (火)

ニューデリーから-1

2月17日にグローバルヘルスの3日間の会議を無事に終了し、翌日18日は朝からニューデリーに向かいました。夕方17時半、定刻通りにニューデリー空港に到着、そのまま郊外にあるNoidaの街に。今回は本田財団によるYES(Young Engineers and Scientists)の表彰式に出るためで、これは今では知る人ぞ知るIndian Institute of Technology(IIT)の優秀な学生5人を表彰するものです。すばらしい企画です。さすがホンダ、つまりは本田宗一郎の精神ということでしょう。

時間ぎりぎりで表彰式に到着した私と、もうひと方、Pachauriさんがゲストです。Pachauriさんとはこの数年、アジア学術会議等で何回かご一緒して、お互いに良く知った仲です。3年前もBangkokで行われたAGS-Global Alliance for Sustainabilityの会議で、一緒に基調講演をしました。去年2007年、IPCCがAl Goreさんと共にNobel平和賞を受賞したことで、IPCC議長を勤めるPachauriさんも一躍世界的に著名になったといっていいでしょう。科学者たちの間では、地球温暖化問題のリーダーとして、すでに広く知られていたのですけどね。

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写真1 表彰式で。左からHonda Siel Cars India 武田川社長、私、Pachauriさん(※)、本田財団の伴さん



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写真2 左からPachauriさん、表彰された学生の一人と私




※Pachauriさんはアメリカから前日に帰国、頭にできものができているので帽子をかぶっているとのことでした。

表彰式の後、2人で20分程ずつお祝いと激励の話をしました。私は本田宗一郎の精神について少し触れながら、受賞者がその精神を引きついで世界に羽ばたき、貢献してくれることを願っているとお話しました。このスピーチについてはまたご紹介します。本田財団の関係者や現地のホンダの方たち、そして受賞者の家族も来られていて、皆うれしそうでした。

また、1982年からホンダと合弁でオートバイを生産販売しているHero Hondaの会長、Lallさんもいらっしゃっていました。Lallさんのご子息のMunjalさんはHero Groupを引っ張る存在で、私も東京大学のPresident Councilとして一緒にお手伝いしています。

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写真3 講演する私




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写真4 受賞者たちと関係者一同(左から5人目がHero Group のBrijmohan Lall会長)




夜は政策大学院の角南さん、本田財団の伴さん、石原さんとホテルのバーで一杯。しかし、素晴らしい若者たちに会えて気持ちのいい、素敵な一晩でした。


2008年2月25日 (月)

Global Health-1

グローバルな世界では、超大金持ちが出る一方で、貧しい人たちは、極めて貧しくなります。今、世界の66億人の約20%が超貧困“extreme poverty”で、これらの環境にある人たちは、出産時の母親の死亡率も高く、乳幼児死亡率、そして5歳までの死亡も高いのです。

毎年数百万の人たちが飢餓、そして栄養失調とそれにかかわるいろいろな病気で命を落としています。特にアフリカと南アジアの貧困は悲惨なものです。気地球温暖化の意識の変化とともに、バイオフュエルの生産が増え、とうもろこしや小麦の値段が上昇し始めています。世界はとんでもない危機的な方向へ進みつつあります。「2C」=「Climate Change」と「3F」=「Fuel, Food, and Feed」は、貧困に窮する人たちへの影響が極めて大きいのです。これらがグローバルな人間社会に大変化をもたらしつつあります。

2月15日には「Global Health: Under-Nutrition」をテーマにして世界銀行、Gates財団、厚生労働省、財務省、外務省等の後援をお願いして会議を開催しました。Gates財団のGlobal Health InitiativeのPresident、Dr. Tachi Yamadaと私が、それぞれclosing remarkとwelcome remark を行いました。昼食時にはGhanaの厚生大臣の素晴らしい講演がありました。

また、医学界の超一流雑誌であるLancetが、今年1月から世界のNutritionの特集を始めました。できるだけ多くのEvidenceに基づいたデータから、問題を見つけ、何を、どうしたらいいのか、ある種のデータ作りでもありますが、どのような行動を起こせるかが課題ですね。

日本はモンゴルにヨード入り食塩を配布するなど、日本らしい、草の根ODA運動をしています。

学校給食はいいのですが、生またれての1~2年間の栄養、必須要素の補給(ヨード、鉄等々)が大事なのです。特に生まれて6ヶ月は母乳を基本とするべきで、1~2歳のころに摂取する栄養が少ないとその後で、学校の成績はどうしても悪いとか、社会人になっても仕事がない、あまり稼げない、収入は低いといった社会的地位が固定することになるのです。いろいろと子供たちにはかわいそうな結果が多く、国民の生産性に大きな影響を与えることからも、これらの栄養に対する対策は大きな問題なのです。

この一日の会議では啓発されるところも多く、なかなかよかったと思います。

明日は2日目です。


2008年1月28日 (月)

ダボスから、その4

ホテルの部屋の窓から見た朝の風景(写真1)。真ん中の遠くにとがった山、これはマッターホルンに似ていますが、Tinzenhornといいます。

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会議はいよいよ最終日。総理が朝に到着して、Gates、Blair、Bono等と会談。11時30分からは大ホールで講演があり、壇上にはこの会議を主催するSchwab教授とBlair英国前首相もあがられました。私はといえば、Bonoと彼のスタッフ等と最前列に座りました。やはり、総理はかなり緊張されていたようで、どうしても話し方が早くなりがちでした(写真2)。私は英語で聞いていたのですが、英語訳は原稿があるのでどうしても遅れがちです。講演の内容は良かったと思います。あとは政治家の演説として、うまく編集すればもっとよかったでしょう。Blair氏から3点、Schwab氏から2点ほど質問がありました(写真3)。NHKでもテレビ放映したそうですね。友人から早速メールが入りましたが、皆さんはどう思われましたか?

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写真2




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総理の演説が行なわれる直前、この大ホールで行なわれたパネルが世界経済の動向に関するもので、超満員。Clinton政権時代の財務長官で、Harvard学長でしたが女性差別失言で学長を退任した超優秀経済学者のSommers氏などが参加されましたが、皆さんに明るい見通しは持っていないようです。このパネルからの流れで、世界経済動向についての質問が総理にあったのですが、パネルのムードとはちょっと違うコメントになってしまったのも致し方ないでしょう。こういう場では臨機応変も問われるのですが、サポート役にはとても余裕がなかったのでしょうね。日本の総理が会議に参加したのは、確か2001年の森総理以来ですから、それだけでも大変に意味がありました。総理もサポートの皆さんも本当にご苦労様でした。5月のTICAD、7月のG8と、国民のためにも、皆さんしっかり頼みますよ。

この後、総理はビジネス関係者の方たちとの昼食会。随行記者やCNN等のインタビューに答えた後、すぐに帰国の途へ着きました。

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写真4 奥田さんと




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写真5 会場で、左から氏家さん、日本碍子の柴田さんご夫妻、奥田さん、私、竹中さん




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写真6 会場で仕事をする私




夜は、ホテルで東京レセプション。石原都知事は来られず、猪瀬副知事がホストでした。その後は会議場でコンサート、諏訪内晶子さんがメインで、Bruchの「Concert, No. 1」とムソルグスキーの「展覧会の絵」でした(「展覧会の絵」を最後まで聞いたのは始めて)。諏訪内さん、素晴らしかったです。これは私の持論ですが、世界の日本人では一般的には女性が輝いています。「個人」としての存在では、男性と比べると断然存在感が違うのです。特に日本では多くが「組織の肩書きあっての男性」たちですから。ダボス会議での“日本の顔”といえば、いつもそうですが、なんと言っても緒方貞子さんなのです。

コンサートの後はソワレ。今年はトルコが主役で、トルコ料理ずくしでした。

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写真7 出井さん、竹内弘高先生ご夫妻、Schwab会長と




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写真8 出井さん、竹内弘高先生ご夫妻、MITメデイアラボのデザインで有名なジョン・マエダ教授



マエダさんはMITでTenureのある超有名教授ですが、これまた冒険で、Rhode Island School of Designの学長を引き受け、6月から移るそうです。いいですね、この精神。こういう人が何人も出てこないと日本の研究も、大学も活性化しませんし、学生、若者も元気は出ませんよね。いつも言っていることですが“個人力”ですよ。


2008年1月16日 (水)

野依さんとの対談

理研ニュース 1月号に理化学研究所理事長の野依さんとの対談が掲載されました

ご存知のように、野依さんも私も、大学・大学院教育や研究者の育成について、皆さんと同じく熱い思いを持っています。特に、グローバルに活躍する人材を育成するという思いが私たち二人には強いところが、他の多くの方たちと少し違うところかと思います。

少し短いので私たち二人の気持ちが十分にはお伝えできなかったところはありますが、私たちの思いを少しでも汲んでいただければと思います。


2008年1月11日 (金)

ニューヨークから

ニューヨーク(New York City, NYC)に来ました。アメリカ最初の科学アカデミーであるNew York Academy of Scienceを訪問する為です。この何年かお付き合いしていて、去年移転した新しいオフィスに伺いました。会長のEllis Rubinstein(写真1)のオフィスは、9.11の起きた“グランドゼロ”の隣にあるビルの40階。“グランドゼロ”を直下に見下ろすことができる場所です。朝8時半から約45分間のインタビュー。10時からは、「Scientists Without Borders」(写真2)という新しい企画の評議会が行なわれました。聞いたことのあるような名前じゃないでしょうか?そうです、「国境なき医師団(Doctors Without Borders)」から取った名前です。同じようなミッションを考えているのです。私を入れた12人ほどがAdvisoryメンバーとなっています。

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写真1 Rubinstein会長と彼のオフィスで
(彼の奥様、Dr. Joanna Rubinsteinさんは、Jeffery Sachs氏が推進するプログラムのExecutive Directorをされていて、この日はDr. SachsとEthiopiaにいるようです)


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写真2 Advisoryに参加のメンバー、NYASスタッフと



AdvisoryメンバーにはKenyaのDr. Wakhunguも参加されています。ご存知かと思いますが、Kenyaは大統領選挙の直後で、不正の疑いがあるなどとして大騒ぎが起こっています。特にキベラスラムなど、大変なことになっていると報道されていたので状況を聞きましたが、本当に大変なようです。2006年6月のブログにも書いたOlympic学校2007年10月のブログでも触れています)も焼かれてしまったそうです。なんとか復興させたいですね。

また、昨日のWashington DCでもお会いして、ブログでも紹介したDuke UniversityのVictor Zhauさんも、このAdvisoryメンバーに参加していて、今日も一緒です。昨年10月にもご紹介したIntl AIDS Vaccine Initiative(IAVI)Dr. Seth Berkleyもメンバーの一人で、実体験に基づくアイデアをいろいろと出してくれます。3時間延々とBrain Stormingをし、このICTの時代、登録方法を含め、いろいろな可能性と運営方法、資金等、課題がたくさんありますが、いい勉強です。Columbia大学医学部M.D.-Ph.D.コースの学生(ご両親と一緒にインドから移ってきたそうです)も一人参加しています。若い人たちも参加させながら、このような新しい企画を作っていく。なかなかいいですね。時間がかかっても立ち上げたいです。

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写真3 NYASの受付に置かれたDarwinの胸像の前で、NY総領事館の三浦副領事と




午後は「Foreign Affairs」で有名なCouncil of Foreign Relationsへ。なんと昨日、以前にも紹介したGates財団のTachi Yamadaが、「Global Health」の講演をしていたのでした。私もWashington DCの世界銀行で同じテーマの講演をしていたのですから、偶然とはいえ面白いものですね。あとで早速メールしておきました。目的はこの「Foreign Affairs」2007年1・2月号に、「AIDS援助プログラムには実に無駄が多い」と指摘する素晴らしい論文を書いたSenior Fellow for Global HealthのLaurie Garrettさん(写真4)に会うためです。私はこの論文に注目して、今年の5月に横浜で開催されるTICADにあわせて第1回の受賞式が行われる、小泉元総理の提案で始まったNoguchi Hideyo Africa Prizeの選考委員になっていただいたこともあり、そのお礼も兼ねて意見交換に来たのです。

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写真4 Laurie Garrettさんと




ニューヨークも暖かいです。この街には独特で不思議な魅力がありますね。

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写真5 NYCの街角で




続いてRockefeller財団を訪問です。Managing DirectorのDr. Ariel Pablos-Mendez(写真6)に会いにいきました。彼が主催した会議の報告書、「Pocantico II:The Global Challenge of Health Systems」に注目し、意見交換に来たのです。Rockefeller財団の会長、Dr. Judith Rodinからは、「どうしても時間が合わなくて・・・」、というメッセージが残されていて、残念ながら今回は会えませんでしたが、2週間後に行なわれるダボス会議で会えることでしょう。

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写真6 Dr. Ariel Pablos-Mendezと




Dr. Rodinは、1994年にIvy Leagueの大学で初めて女性の学長になった方です。私のアメリカでのキャリアが始まったPennsylvania大学の学長としてです。今では、Ivy Leagueの8校のうち、4校(Princeton、 Pennsylvania、Brown、Harvard)で、女性が学長をされています。日本はどうでしょう、私はくどいぐらい繰り返し発言し、プッシュしているのですけどね。

彼女の前のポストはYale大学のProvostだったのですが、何度か紹介していますが、現在のCambridge大学のDr. Allison Richard、MITのDr. Susan Hockfield等も、その前職はYale大学のProvostだったのです。偶然ですかね?これはYaleの人を見る目が素晴らしいうということでしょうか。

この日はNew Hampshire州でアメリカ大統領の予備選挙が行われ、クリントン候補がIowa州での負けを取り返し、Obama氏と1勝1敗になりました。初の女性大統領となるのでしょうか。

この2日間の訪問と講演の主な目的は、今年1、2月に東京で開催されるGlobal Health関係の会議(WHO、世界銀行、Gates財団、NPO医療政策機構、日本政府などが関与しています)への準備と、それらを通して、TICAD、そしてG8サミットへの広報とその準備という面が大きいです。

夜は、午前中に一緒だったDr. RubinsteinとDr. Berkeley、そして今年の夏に東京でお会いした、今はColumbia大学大学院、School of International and Public Affairsで勉強している中曽根君を呼んでSohoでディナー。彼はとても素晴らしい若者です。世界を目指して大いにがんばってほしいですね。名前から感じたかもしれませんが、そうです、中曽根康弘前総理のお孫さんで、お父さんは中曽根弘文参議院議員です。

9日の朝、JFKAirportから帰国の途につきました。


2007年12月12日 (水)

久しぶりのCalifornia-3、Stanford大学で講演

6日は朝からあまりぱっとしない天気。ポチポチと雨も。まず、Enhance Inc.のMs. Shizu Munekata(「シズさん」と呼ばれているのでしょうか?)とお会いし、いろいろなお話を伺いましたが、これもなかなか楽しいひと時でした。それからランチ。3年ぶりぐらいですが、バイオべンチャーでは伝説になりつつある金子さん梅田望夫さん「ウェブ時代をゆく」にも出てきます)、そしてblogや「ヒューマン2.0」などのワタナベチカさんと。みんな初対面のような感じがしないのも変な気分ですね。

ランチの後は、Silicon Valleyにベースを持つ循環器系バイオベンチャーの方とお会いしましたが、その会社の役員やらなにやらに共通の友人が何人もゾロゾロと出てくるのです。世の中、これが楽しいですね。どこで、誰に会うかわからない。そこから一人ひとりの評判が、いつの間にか広がり、ヨコ、つまり「フラット」な社会に定着していく。これがグローバル時代の「個人力」、そして「信用」になっているのです。誰がどうつながっていくかわからない。だからこそ気をつけましょう。いつも誠実に、真摯に、その都度自分のベストを尽くし、能力を磨くことです。

午後3時からProf. DasherさんとStanfordへ。歩く距離によって傘がいるかいらないかという、グズグズした雨になりました。彼のオフィスへ寄った後、4時過ぎから「アジアのイノベーション」シリーズの“トリ”で講演をしました。学生ばかりではなく、日本からの留学生や教員の方々、会場で何人も紹介されましたが、学外の方や、ご当地の著名な方も何人かおられました。

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写真1 セミナーの講堂でDasherさんと




セミナーですが、私の講演のタイトルは「Innovate Japan」です。日本人はまず、「天気が悪くて、でも来て頂いてありがとう」的な、言葉からして低姿勢で、そしてなんとなくあやまり言葉から話を始めるのか、というところから私の話をはじめました。話のポイントは、以前にもご紹介していますがこちらはウェブキャスト)、2006年2007年のNobel平和賞がグローバリゼーション時代のイノベーションブームの鍵を示しているということと、枠にとらわれない発想の源泉であるここSilicon Valleyが、いまや「クリーン、グリーンテク」のメッカ、「クリーン、グリーンバレー」になりつつあるということです。このセミナーはいずれウェブで見れるようになりますから、内容、質疑の様子などはその時までお待ちください。

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写真2 セミナーの後で、一部の参加者の皆さんと




しかし、このことこそが情報化時代の恐ろしいところですね。世界中で、誰でも映像で見ることができるのです。ここが本質的に「グローバル時代」の恐ろしいところなのです。講演録という文字よりはるかにインパクトがあり、「ナマ」と同じで隠せない。多くの場合ほぼリアルタイムで見れる、見える、知れる。「フラット」に誰もが見ていて、誰からでも見られるところで、あの人は誰?どんな人?何ができるの?どの程度に?ということが知れ、いつの間にか世界に広く知れ渡ってしまうのです。肩書きが通用しなくなっているのです。国境を越えた「個人力」の価値、これが私と石倉さんの本「世界級キャリアの作り方」でのメッセージのエッセンスと言えるものです。日本の社会での「エライ」肩書きの価値も、どの程度のものか、みんな世界に知れ渡っているのです。どこに行っても、何を言っても、これは隠せないのです。社会的地位の高い肩書きほど、「実力との乖離」があれば、グローバル時代にはそのひと個人、属している組織、そして社会、国家の信用にかかわってくるのです。

実は私も怖いですよ、見るのが。でも実はこれが勉強になるのです。人から、学生から、相手からフィードバックをもらう、自分で自分を見てみる。そこで学び、次に活かす。これが大事だと思います。自分を見つめ、そこから謙虚に学ぶ、次のステップへ向かう、という「自己研鑽」のプロセスです。

講演のあとは、いくつも質問が出ました。それも終わって、いつものようにみんなで、わいわいがやがやと(写真2)。日本の企業(主に大企業ですが)や大学から若い方たちも何人か来ていました。近所の高校から女性が一人来ていて、今度学校にも来て話してほしいといわれましたので、次の機会にとメールで返事しました。参加の皆さん、あいにくのお天気でしたが来ていただいてありがとう。皆さんに感謝です。

IMAnet の八木さんも来られていて、さっそくblogにこの日のことを書いてくれました。Thank you。


2007年12月11日 (火)

久しぶりのCalifornia-2、Palo Altoから、シリコンバレーの秘密

5日の夕方、2時間遅れたSan Francisco飛行場でGlobal Innovation Ecosystem 2007(GIES2007)でもご一緒したDeepak Bangaloreさん(“DB”と呼んでいます)とOxford大学に通う娘さん、ソウルで開催されたWorld Knowledge Forumでお会いしたPanasonicの星さんが迎えてくれました。そのまま、大急ぎでStanford大学のある町、Silicon Valley(SV)の「へそ」、Palo Altoへ。向かった先は「TiE」(The Indus Entrepreneurs)

この場所は、その名が示すようにいくつかの事務所がわさわさと入っていて、SVのVenture Capitalistsや起業家たちがたくさん集まっています。名のとおりインド系が主流でしょうか、広い人脈です。websiteを見れば、活動が日常的に盛んなことがわかると思います。

インド系の方が多いようには見受けますが、100人ほどのたくさんの人たちが集まって、テーブルを囲みワイン、軽食等々、意見や情報の交換会。明るく密談という雰囲気です。何人もの方を紹介され名刺交換、こんな極めてオープンな集まりが、ナント毎週2、3回も行われているそうです。すごいエネルギーですね。こんな活動が日本で考えられるでしょうか?毎回出ている人は一部かもしれませんが、起業家や研究者、そして投資家がわいわいとそんな頻度でこれだけ集まるなんてとても考えられません。これがSVの強さの秘密のひとつでしょう。世界中にこの「TiE」のネットワークが広がっています。これを組織し、提供するインドの強さもすごいですね。

この夜はStanford大学の理事長(Chair, Board of Trustees)で、Pioneer of Venture CapitalistといわれるDr. Burton McMurtryの話を、対談という形式で聞きました。素晴らしかったです。このような方々が常連なのですね。McMurtryさんにしても普通の人のようで、そんな方に見えませんでしたが、このような集まりを通じて、いろいろとVenture Capitalの情報を交換し、人材の指導や育成、起業戦略などのネットワーク作り、成果作りを考え、実践しているのです。このあたりにSVの成功の秘密があるのでしょう。きわめてオープンな、こんな「場」がいくつもあるのはすごいことです。

そこからはお先に失礼して夕食。DBと娘さん、星さん、日立の広瀬さん、マサ イシイさん(元McKinsey、SVに定着しているVenture Capitalist)、そして東北大学の会議から帰ってきたばかりのProf. Richard Dasher(今回のStanfordでの私のホストです)とご一緒しました。いやはや、沢山の話題で大いに盛り上がり、石井さんの奥様もこられて2次会へ。そこへ「TiE」の今晩のホスト、次期会長のVish Mishraさんも加わり、長い、しかし、楽しい、一日でした。


2007年12月10日 (月)

久しぶりのCalifornia-1、UCLAから

12月は4日からCaliforniaへ。まずUCLA時代の恩師、Kleeman先生(写真1)ご夫妻とWestwoodのNapa Valley Grilleで昼食。その後、UCLAが新たに設立したCalifornia Nanosystems Institute(CNSI)へ(写真2)。ここはまだ全開ではありませんが、いくつか活動が始まっています。東京大学や、つくばの材料研究所などとも共同研究が始まるようでうれしいことです。ちょうど九州大学Silicon Valley OfficeのProf. Matsuiも来られていました。ここで行われる研究は、医学、工学、化学などの共同作業ですので、ちょうどこれらの学部に囲まれた真ん中に研究所が立っていて、研究者の参加システムにもいろいろ工夫が仕込んであります。このNano Tech CenterはBioとの連携が主眼で、Nano材料に主眼を置いているUniv. of California Santa Barbara(あのBlue Diodeの中村修二さんがスカウトされたところ)との連携も組んでいます。何人かの研究者と懇談、お二人の日本の方にもお会いしました。面白い研究をしています。それぞれ研究に携わってほぼ10年と20年のになるそうです。がんばっていますね、嬉しいです。

翌5日は医学部長のGerald Leveyさん(写真3)を訪ねました。本当に久しぶりです、12、3年ぶりでしょうか。お互いに健闘を祝し、1時間ほど話し込みました。その後、小児科のMcCabe教授(写真4)と面談。慈恵医大小児科の衛藤教授の友人でもあり、同じ小児遺伝学分野を専門にしています。以前いたColorado大学時代からDoublestrand Ranchで馬を育てているのだとか。優雅というか、スケールが大きいというか、うらやましいですね。

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写真1 恩師のKleeman先生と




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写真2 UCLA California Nanosystems Institute(CNSI)で




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写真3 Dr. Gerald Levey医学部長と




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写真4 Dr. McCabe、Dr. David Lundberg(UCLA-CNSI国際連携担当)と




やはり、長い間お世話になった大学は懐かしいですね。戻っておいでよと呼びかけているようなCaliforniaの突き抜けるような青い空、どこまでも明るいキャンパス、大学の町Westwood、どれもこれも懐かしい、戻りたいなぁ、という24時間でした。

飛行場へ向かい、San Franciscoへ。ところが、フライトが2時間ほど遅れて、San Francisco到着は5時半でした。


2007年11月26日 (月)

仙台市とFinlandは姉妹都市/国、高齢社会を討論、そして日本では女性の活躍は未だし

11月12日の週は、13日(火)にFuture Innovation Forum、14日(水)は英国大使館でSir Martin Wood賞授与式、15日(木)は生活習慣病について、連日講演する機会がありました。

仙台市はFinland国と連携しており、16日(金)には仙台で、両者主催による「高齢社会」をテーマにしたシンポジウムが行なわれました。お互いに悩みは大きいようです。在日Finland大使、仙台市長の梅原克彦さん(元経済産業省)もご挨拶にこられました。副市長の一人(3人いて、2人が女性です)の岩崎恵美子さん(医師で、Africaなどへも出かけていたそうです。市長がリクルートしたとか、素晴らしいですね)の司会で、私とFinlandの方が基調講演を行いました。日本では少子化、そして女性の社会進出も大きな問題なのですが、ちっとも動きがありません。女性の活躍に関しては、Finlandと日本は対照的です。

午後は東京で朝日新聞科学部50周年の講演会「科学技術と国家」に向かいました。立花隆さん基調講演「前門の虎、後門の狼」の後、パネルに参加。

翌日はまたまた仙台へ。東北大学が主催する「第6回男女共同参画シンポジウム」で、大隅典子さんのお招きですが、今までで男性の基調講演は初めてとのことです。パネルはそうそうたる方たちでした。有本建男さん(JST社会技術研究開発センター長)によると、東北大学初代学長の沢柳政太郎は、前例のなかった女性入学を認めるなどして、開学に当たって文部省からクレームもついたことがあったそうです。

東北大学では、Science Angelsなどといった女性研究者の応援プログラムがあります。今回もまた「第5回沢柳賞(東北大学男女共同参画奨励賞)」の発表と授賞式、そして第3回受賞者の発表などがありました。皆さん、素晴らしいお仕事をされていますし、晴れやかでした。皆さんおめでとうございます。このときの雰囲気は東北大学のサイトで紹介されています。楽しんでみてください。

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写真1 沢柳賞受賞の方々と

日本は人間開発(Human Development Index)、女性開発指数(Gender Development Index)はともに世界でもTop10(UNDPなど)に入るほど高いのですが、Gender Empowerment Indexになると、UNDPでは75ヵ国中43位。最近のWorld Economic Forumでは128ヵ国中91位なのです。女性の能力を生かせていないのは、本当に残念なことです


2007年11月22日 (木)

捨てなくてはいけないこと

しかし忙しいですね、この1週間も。ちょっと考えてしまいます。何故なのか、と。

中東から6日(火)の夜に帰国して、翌日からは通常の連絡とか、ブリーフィングとか、いろいろな方たちにお会いするのは必要があるからで、これらは当然です。

7日(水)の午後は養老孟司さんとの対談ビデオ撮り(これについてはまた説明します)、夜は講演で、「イノベーション・クーリエ事業の発会もあったので、これは引き受けました。一ツ橋大学の米倉さんと一緒でしたが、さすがでした。

8日(木)の朝は、私の主宰するNPO Health Policy Institute定例朝食会に遠藤久夫先生をお迎えしました。午後はたくさんの方にお会いして、仕事の打ち合わせ。夕方からは東京大学のPresident Councilのレセプション、中国、韓国の10校余の大学長、また中国の文部副大臣もいらっしゃって、盛況でした。東大総長の小宮山さんはとても積極的で、外へ外へと発言し、行動しています。

翌日、9日(金)は東京大学のPresident Councilの会議。久しぶりにHarvard Business Schoolの吉野先生にもお会いしました。私のメッセージの方向に議論は進んで行くように感じますが、なかなかスピードがね。致し方ないとはいえ、なんとも歯がゆいです。夜はUCLAの同窓会。岡田さんのリーダーシップで参加者も増えて、活気が出ています。若い人たちがどんどん参加して、一緒に準備しているようです。

10日(土)は朝から雨。安田講堂での東京大学130周年記念行事に出席しました。これにあわせてPresident Councilを開催しており、海外からも何人かメンバーとして参加されていました。Nobel賞受賞者の江崎、大江、小柴の3先生のパネルもありました。

11日(日)ですが、上智大学での環境問題のセミナーで鴨下環境大臣とともに、基調講演をしました(写真は鴨下大臣と奥様)。講演の前後に素敵なハープ、チェロ、ヴァイオリンの演奏があり、いい雰囲気でした。私はガンジーの言葉、‘the earth can meet our need, but not our greed’を紹介して講演を終えたのですが、これも喜んでいただけたようです。

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毎週のことですが、この1週間も忙しかったです。思い切って何かを捨てる、やめないといけませんね。


2007年10月29日 (月)

アブダビから-1、日本人学校へ

17日にソウルから帰国して、あわただしく日本で数日を過ごし、22日の昼に、United Arab Emirates(UAE)の首都Abu Dhabiにやって来ました。“Festival of Thinkers”という会議に参加するのが目的で、ノーベル賞受賞者も15名ほど参加されます。Dubai空港には何度か来ましたが、飛行場の外に出るのは今回が初めて。日本側はAsian Pacific UniversityのCassim学長のお世話です。

21日の夕方、羽田から関西空港に移動。ラウンジで今回ご一緒するNassrine Azimiさんと合流し、夜中12時ちょっと前の便で出発。彼女は広島にあるUNITARの所長です。イランの出身ですが、スイスで教育を受けた、教養豊かな知的な国際人です。3年前のことですが、彼女が広島に就任した頃セミナーに行きましたが(ブログ 2004年10月21日)、その時はちょうど台風が近づいている真っ最中で、新潟の中越地震があった日でした。

そんなこともあって、久し振りにお会いする彼女とはいろいと話が弾みました。そして今回行なうパネルのこともあって、MITのMiyagawa教授をメールで紹介しました。Miyagawa先生はMITのOpen Course Wareを考案したチームのメンバーで、最近ではPulitzer Prizesを受賞した「敗北を抱きしめて」の著者John Dowers教授等と、Visualizing Culturesという素晴らしいプログラムを開設されています。MIyagawa教授-Azimiさんお二人の共同作業から何か素晴らしいものが生まれるような予感がします。わき道にそれますが、Miyagawa教授はこの1年間は日本にいらっしゃるので、先日政策大学院へお招きし、武蔵学園の中・高校生を何人か呼んで、お話いただきました。どんないきさつだったかは、いずれまたご紹介しましょう(ブログ 2005年1月4日)。

さて、Dubai空港に到着して、Abu Dhabiに向けて車で90分ほど移動。砂漠の中にニョキニョキと新しい建造物が建っていて、やたらと活気に溢れています。「何がなんでもお金」といった風情ですかね。世界中のクレーンの60%がここに持ってこられているのだとか。市外を抜けて砂漠の中のハイウェイをひたすら走り、Abu Dhabiに近づくにつれて今度は木と緑が多くなり、南カリフォルニアにも似た光景もあって気が休まる感じがしました。これは先代のAbu Dhabi首長のザイード大帝が、「砂漠を緑に、国土を緑に」と、自ずから先頭に立って、植樹、緑化運動をされたからということでした。立派なことですね。

午後早くAbu Dhabiに到着。ホテルはEmirates Palace(このサイトはお勧め: http://virtual-emiratespalace-uk.com/)。宮殿のようにとてつもなく大きな建物で、きれいなPrivate Beachもあります。今年の初めでしょうか、安倍前総理以下、財界の大勢が宿泊されたそうです。その時の逸話もいくつか聞きましたよ。3日間滞在しましたが、結局どこに何があるのかさっぱり分かりませんでしたね。ホテルの中を歩くのだけで疲れました。

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写真1-2 Emirates Palaceのホールと天井(こんなのがいくつもある)




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写真3 Cassimさんと石倉さん(石倉さんのblog




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写真4 主催者側をまとめているHCT(Higher College of Technology)のVice Chancellor Dr. Tayeb A Kamaliさんと石倉さん



波多野大使のお誘いで、その日の午後、日本人学校に行きました。幼稚園から中学3年までで、全体で50~60人ほどの生徒がいらっしゃいます。吉崎校長先生をはじめ、日本からの先生、現地のお手伝いの皆さん、ご苦労様。幼稚園では、波多野大使の提案で現地の子供も4人ほど入っていました。各クラスで現地の子供達を増やす方向のようで、子供達の親も日本の学校の規律や、みなが同じものを食べる給食など、とてもいい経験と喜ばれているようです。このような小さなことが親善、交流、相互理解の元になるでしょう。

私の話は30分ほど、何人かのお母さんたちも来られていました。3歳児から中学3年生までを対象に話をするのはとても難しいです。でも、私が昔Los Angelesにいた頃に、日本人学校が整備され始め(これは補習校で土曜日だけでした)、何年かして「帰国子女入学制度」ができた頃から見ると、ここの日本人学校はとても恵まれているように思うこと、これからのグローバル時代には普通の人にはできない経験がとても役に立つだろうこと、そしてグロ-バル時代の子供たちへの期待などについて話をしました。

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写真5 アブダビの日本人学校で




「今までどこの学校がよかったですか?」、これは難問でした。そこで、去年ナイロビのKiberaスラム参考1)のOlympic Primary Schoolを訪問したときの話をしました(ブログ 2006年6月27日)。このスラムの子供たちは、家にトイレはなく、台所もない、電気もない、汚い、狭い、そんな状態でひしめき合って生活し、必死に毎日を生きている。どの教室も生徒で溢れ、学校まで歩いて1時間なんて当たり前です。でも、みんな目が輝いている、一生懸命に生き生きと勉強している、先生も自信に溢れている。この学校は1~8年生まで、ケニアで一番の成績なのです。「人生で一番感動したひととき、この国の将来をここに見た」、と記帳してきたことをお話しました。いつか、誰かが、私のこの記帳を見れくれると嬉しいですね。いつのことになるでしょうか、お便りを待っています。

生徒さんからたくさんの素晴らしい質問がありました。嬉しかったです。年長の生徒の悩みは、当然ですが進路に関するものが多いです。自分の将来について、日本の大学へ行くのか、どんな目標を持てばいいのかなど。子供たちも、親御さんも一番悩むところでしょうね。特にここは全日制の日本人学校ですから、International Schoolではないだけに、そのための悩みもあるのでしょう。

エジプトからきている中学3年生の女の子。日本語も、アラビア語も、自在にこなすのですが、この子もこれからの進路について迷っていましたが、どうしても日本へ行きたいという明確な理由や目標がないのであれば、これからの世界を考えると、英語圏、あるいは英語を主体とする学校を目指したほうがいいのではいか、とお話しました。

子供たちの目を見ていると、大きな可能性を抱えながら、日本と外国との間で不安とも戦っているのがわかります。感動します。一人ひとりが大きな将来、夢をつかんで欲しいです。

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写真6 波多野大使公邸で、大使、日本人学校の幼稚園の副園長 余語麻里亜さん(ヨゴマリアさん。日本のお名前です。ご家族にはお医者さんが多いとか。)