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2008年6月28日 (土)

ブレアチームの成果発表

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6月27日(金)、トニー・ブレアさんが代表するチームによる報告書、「Breaking the Climate Deadlock」の発表が東京でありました。ブレアさんはG8サミットで初めて気候変動を取り上げ、その後もこの問題については「Gleneagles Process」を立ち上げ、世界のリーダーとして首相退任後も世界的に活発な活動を続けています。以前にもご紹介しましたが、今回はその活動の成果を引っさげて、G8サミットに働きかけようという狙いもあるでしょう。

Dsc_0158blair01写真1 トニー・ブレアさん

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写真2 ブレアさん、Ngubane南アフリカ大使




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写真3 安倍前総理と




6月28、29日にはG8+5の政治家の活動であるGLOBE Internationalが開催される予定で、ここでも基調講演をされるそうです。

27日の夕方から英国大使館でレセプションがあり、多くの英国の議員も参加されました。そこから六本木ヒルズへ移動し、Miliband外務大臣と100名ほどの若者の参加を得たパネルに参加しました。Milibandさんは42歳という期待の星で、ご自身のblogでも積極的に情報発信、広報活動を展開しています。この辺の話題を中心にしたパネルでしたが、時間が1時間とちょっと短くて残念でした。もっとこのような催しを開催したいですね。このパネルの様子は彼のブログで見ることができます。

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写真4 パネルでMilibandさんと司会の枝広さん

2008年5月26日 (月)

教育でも独自の強みを生かす

わたしは成蹊学園に6年間在学し、中学高校を卒業しました。英国のPublic Schoolをモデルに100年前に作られた学校で、リベラルな、でも規律のある校風です。Public Schoolの雰囲気は、60年前に出版された、池田潔慶応大学教授の「自由と規律」 をお勧めします。もちろん日本での事情は大いに違いますが。

最近、母校へのメッセージを書きましたので、紹介します。

 成蹊学園広報 2008 Spring
 (成蹊学園広報のウェブサイト「SEIKEI WEB MAGAZINE」はこちら)


2008年5月10日 (土)

グローバル時代の大学教育、一ツ橋大学ビジネススクール

→English

先日ご報告したように、Golden Week前半はいつものことですが、せわしなく飛び回ってきました。

6日は休みでしたが、一ツ橋大学ビジネススクールで行われた石倉洋子教授のCompetitivenessのクラスFinland大使と参加しました。石倉さんのリードで問題提起があり、対話形式で進みました。学生達もドンドンと手を挙げて積極的に発言し、いろんな意見が出て実に建設的で楽しい時間でした。

ここの講義は全部英語で、学生も7割ぐらいが留学生です。講義の教員もHarvard Business SchoolをHubにして、世界のいくつもの代表的なビジネスを互いにネットで見ることが出き、評価も共通なものにしているそうです。これだけ広らかれた評価をされると教員も大変でしょうが、世界の多くの教員の講義の様子なども参考にして、がんばれるのです。教育の質、講義の質について教員達も厳しいけど、文句のつけようがありませんね。これがネット時代の怖いところでもあるのですが、グローバル基準で競争する醍醐味なのです。こんな大学ほかにありますか?これでなければ日本の大学は世界から優秀な若者を集められませんね、フラットな時代にはみんなに知られてしまっていますから。大学人たち、しっかりお願いしますよ。

クラスが終わってから、India、US、Bangladesh、Russia、Myanmar、Poland、Uzbekistan、Thailand、Vietnamなど、いろいろな国の学生さんたちを交えて、ラウンジでワインを楽しみながらひと時を過ごしました。素敵なおもてなしに感謝。

グローバル時代の大学教育のあり方と評価については、最近の石倉さんのコメントと、実に示唆に富む論文が出されています。竹内弘高研究科長の方針も最初から厳しいものだけど素晴らしいですね。

ところで、このフォローアップが、石倉さんのブログに出ていますので、参考にしてください。


2008年2月14日 (木)

国境なき医師団

国境なき医師団(MSF:Medecins San Frontieres)のことは皆さん聞いたことがあるでしょう。この医師団は1971年にできたのですが、もともとはその前からフランスにある救急医療制度(SAMU)から発展したもので、そのきっかけとなった一つがBiafra, Nigeriaの大飢餓だったそうです。1999年にはNobel Peace Prizeを受賞しています。立派な活動で、日本の医師たちも数多く参加しています。

2月1日のことですが、この医師団の立ち上げに関わったDr. Xavier Emmanuelliが、同僚のDr. Tartiere、そしてFrance大使館のY. Miauxさんたちとお見えになりました(写真1)。話題は、いろいろと広がりましたが、日本でのホームレスにも関心がおありで、山谷に行かれたそうです。

Msf04写真1 Dr. Xavier Emmanuelliと。左はDr. Tartiere、中央はMiauxさん、左にFrance大使館のスタッフ

私的なことで恐縮ですが、私の娘はアメリカで医師をしていますが、2006年4月から6ヶ月間、Liberiaの奥地へMSFの活動で行っていました。医師は彼女一人で、電気も1日2時間程度しか使えないのです。この国は2005年11月に選挙が行われ、初めての女性大統領 Madame Ellen Johnson-Sirleaf(2007年のダボス会議でお会いしました)が選出され、ようやく治安が回復し始めていた頃でした。MSFは現地の安全はある程度確認したうえで医師を派遣するのですが、娘もよくも行ったものですが、何事もなく無事に戻り、ひと安心。得がたい経験をしたといっていました。そこでは日本の若い人たちにも会うことがあったそうです。日本の若者も捨てたものではありません。

私もその年の6月にKenyaのNairobiに行きました。今、暴動で話題になっているNairobiのスラムKiberaに行ったのですが、その時は、ホテルから携帯電話で「Liberiaはどうか」と話し、メールのやり取りもしました。便利なものですね。


2008年2月13日 (水)

思いがけない出会い

先日、ダボスからの第4報で、最終日の夜に行われたコンサートで、世界的なViolinistの諏訪内晶子さんが素晴らしい演奏を世界のリーダーの皆さんに聞かせてくれたことを書きました。帰国してしばらくして、突然、諏訪内晶子さんからメールが届き、「ダボス会議での演奏会にいらしていただいたことを、ブログで知りました。今度日本で公演しますので、是非お招きさせてください」と。うれしいやら、びっくりです。

そのYury Bashmet(conductor and Viola) and Moscow Soloistsの公演が12日の夜、Suntory Halllで行われ、家内と一緒に素敵な演奏を一晩楽しみました。ダボスで何回かお会いしているUNIQLOの堂前さんもいらっしゃっていましたし、皇太子殿下もお見えになられていました。

曲目は:
1. JS Bach: Brandenburg Concert No 3 in G major BWV1048
2. WA Mozart: Sinfonia Concertante for Violin, Viola and Orchestra in E flat major K364
3. WA Mozart: Violin Concerto No 2 in D minor K211
4. Bruch: Kol Nidrei Op 47 for Viola ad Orchestra (version with strings)
5. WA Mozart: Serenade No 13 in G major ‘Eine Kleine Nachtmusik’ K525.

諏訪内さんは2曲目と3曲目。BashmetさんはViolaで2曲目と4曲目を演奏されました。

公演が終わって楽屋を訪ねましたが、諏訪内さんのお母様とは以前お会いたことがあって、その時に晶子さんにもちょっとだけお会いしていたことがわかりました。

blogの効用はありますね。思いがけない楽しい夜、そして嬉しいつながりができました。


2007年11月16日 (金)

科学者の不正行為。日本に特異な課題はないか?

この数年、科学者の不正行為については、メディア、新聞紙上問わず、そして国内外を問わず報道されています。グローバルな研究成果の競争、研究費の急増、知的財産や大学発ベンチャーへの圧力、情報の公開、名誉欲、国の威信等々、いろいろな要因があるでしょう。行政による不正防止や不正の検証等々、侃侃諤諤、ともかくうるさいぐらいです。

これらは特に日本固有の問題ではありません。どこからでも聞こえてきますし、時には有名科学誌といわれるNatureやScienceなどにも取り上げられます。

これらの不祥事を防ぐには、どうしたらいいか。これはいつにかかって科学者自身たち全体の社会的責任なのです。この問題について書かれた「科学を志す人びとへ」という本が日本学術会議と化学同人の合作として出版されました。私も、この件については懸念をし、繰り返し発言してきましたし、日本学術会議からの活動や発信もしてきました。

この出版にあたって「序」として「科学研究を担う人たちへ」という一文を寄稿しました。お読みいただければと思います。

このブログでも繰り返し発言していることですが、日本社会特有の社会構造的な問題についてフォーカスを絞って論じました。社会的責任の大きい人たちにこそ問題があるのです。最近もまたぞろ出てくる社会保険庁や高級官僚の不祥事、企業経営人の不正、政治家の不祥事、皆、同じ構図と思います。あまりにもお粗末、どこでも組織に、そして組織を構成する責任者たちに自律機能がないのです。

なぜでしょうか?トカゲの尻尾きりでは何も変わらないのです。これを読んでみて、素直に、一人ひとりが、胸に手を当ててよく考え、どうすればいいのか、しっかり考え、行動して欲しいのです。


2007年11月13日 (火)

「Cool Earth 50」の外国記者会見

6月にSlovaniaで行なわれたG8の科学顧問会議から帰国してすぐの7月2日、プレスクラブで外国人記者たちを相手に「Cool Earth 50」について記者会見をしました。皆さん、楽しんでくれたようです。その方たちからメールを何通か頂きましたが、その内容は、いつもとは違った記者会見で、オープン、フランク、どんな質問にも答えてくれて楽しかった、という趣旨でした。普段は堅苦しいものばかりで、HPに出ている以上の情報があるわけではないといった感じだそうです。英語のハンデもあるし、役所のことですから致し方ないところでしょう。

Von Martin KoellingさんがドイツのTechnology Reviewに書いてくれました。楽しめましたし、良い内容です。ドイツ語は読めない方も多いでしょうから、その英訳(ちょっと訂正もあります)をここに掲載しますので読んでみてください。


   "Impossible? It's a Matter of  Vision and Will to Challenge!"
   Technology Review, July 10, 2007


2007年11月12日 (月)

Red Herringで日本特集

だいぶ遅くなりましたが、以前このブログでも紹介したシリコンバレーのメディア「Red Herring」が、7月に行なわれた会議をもとに、今回、日本特集を出版しました。

Red Herringは印刷物では発行しないそうなので、Red HerringのWebサイトで閲覧してください。p.4のEditor’s Note、p.15~30が特集になっています。私のことも結構カバーしてくれています。楽しんでください。


2007年11月 2日 (金)

北京WHO、東京で宇沢先生と医療政策論議とblog

10月24日、Abu DhabiからDubai空港を経由して北京へ到着。WHOのCommission会議に参加です。今年の会議は1月にGeneva、そして6月にVancouverで行なわれました。来年には最終報告を出すことになっているため、今が追い込みです。ここまでくるとCommissionersだけでのクローズドセッションが中心でした。

24日は厚生労働省に相応する衛生部の副大臣主催で夕食会がありました(写真1)。副大臣は外科医で肝臓移植などがご専門だそうです。いまでも時には病院で手術をされるとか。衛生部の大臣は、IAPなどでこの5年ほどお付き合いのある、旧友のChen Zhuさんですが、残念ながら今回は会えませんでした。

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写真1 Yan Guo Commissioner、Marmot Commission議長、衛生部副部長、そして私




会議最終日の26日の夕方、北京空港は霧で多くの欠航が出ました。幸いなことに私の便は1時間遅れで出発し、成田へは夜の10時50分に到着。この時間だとバスも電車もタクシーもないのですね。いやはや、これで「経済大国」の首都の国際空港でしょうか?

翌27日は台風が近づく雨の土曜日。私の尊敬する宇沢弘文先生(このサイトで何度か紹介しているので、Searchしてください)の主催する、同志社大学の「生命医科学部」開設記念シンポジウムに出席しました。宇沢先生の熱い思いのこもったシンポジウム開催の趣旨説明(PDF) には、私の「大学病院革命」が紹介されていました。嬉しいやら、恥ずかしいやら。この本を来場者の皆さんに差し上げましたが、正解でした。

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写真2 いつもお元気な宇沢先生と。話が弾みました。




この後、あるblogでこのときの宇沢先生の話(今年8月にHelsinkiでの講演でもつかったイントロですが)を高く評価してくださっていました。嬉しいことです。お礼のコメントを差し上げました。


2007年10月22日 (月)

ソウルから

13~17日、ソウルに行ってきました。

13日の朝早くに東京を出発し、その日の夕方、韓国の医学教育に一生を捧げた佐藤剛蔵先生のお孫さんの佐々木定さんと、佐藤先生の教え子たち3人(83~86歳)との再会に立ち会いました。佐藤先生が朝鮮半島に渡ってちょうど100年目。そして大韓医院(現在のソウル大学医学部の前身)の始まりの100年目でもあります。佐々木定さんは生まれて14年間、佐藤先生とソウルに住んでいたのです。佐々木さんは1945年の終戦とともに日本に帰国し、それから初めての韓国訪問になったそうです。何たる奇遇、何たる100年目の偶然。佐々木さんが当時住んでいた場所も訪ねました。

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写真1 左から石田さん、佐々木さん、朱先生、私




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写真2 朱先生(韓国学士院副会長)と私








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写真3 大韓医院








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写真4 京城帝国大学医学部本部(現在のソウル大学医学部キャンパス)




この訪問が一番近い二つの国の歴史を超えて、将来への扉を開くことを期待します。今回の訪問については、一緒に参加してくれた元ジャーナリストの出口さんがご自身のメルマガ(10月10日号17日号)で感動的なレポートをされていますので、読んでください。

翌日は佐藤先生のゆかりの場所を、佐々木さん、石田先生と訪ねて歩きました。夜は魚市場で生きた魚を目の前で調理してもらって食す、“贅沢”な夕食。

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写真5 ソウルの魚市場




15日は素敵な女性研究者、ソウル大学のNarry Kimさんにお会いしました(写真6)。RNAの研究で素晴らしい業績を上げているので、是非ともお会いしたいと思っていたのです。お子さん二人を育てながらの研究、そしてその業績の背景を知りたかったのです。この件については近いうちに別のコラムで報告しましょう。今はお話できないこともあるので、楽しみにしていてください。

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写真6 ソウル大学のNarry Kimさんと




16日からはWalkerhill Sheratonで開催された、World Knowledge Forumに参加しました。2日目の17日には、米国の前国務長官Colin Powell氏のKeynote Lectureがありました。原稿なし、メモなしで45分ほど、よどみなく、ベトナム戦争、韓国で過ごした時代、冷戦時のソ連訪問、中国訪問、冷戦終結前のゴルバチョフとの密会等、具体的なエピソードを交えながら話され、今の中国とその将来への期待などについて、興味の尽きないすばらしい内容と品格のある講演でした。

私はというと、インド、そしてSilicon Valleyでも活躍するD Bangaloreさん「世界級キャリアの作り方」でご一緒した石倉洋子さんとのパネルに参加しました。

このパネルの後、飛行場へと向かい、羽田行きの便で戻ってきました。


2007年10月16日 (火)

老いた日本、自分の殻に閉じこもる

先日、フランスのジャーナリスト数人が、日本の各界のリーダー30人ほどに数日間に渡ってインタービューを行っていて、私のところにも来られました。数日後、そのジャーナリストの方からメールをもらい、インタービューした皆さんがなぜか極めて悲観的なコメントばかりで、私だけが何が問題で、どのように解決すべきかを積極的に発言した唯一の人だったといわれました。

その時の取材記事が「Le Figaro」9月25日号に掲載されていました(資料1)。日本語訳(経済広報センター:資料2)もいただきましたので、両方を掲載します。

 資料1 フランス語 (オリジナル)

 資料2 日本語 “老いた日本、自分の殻に閉じこもる”

海外プレスのインタービューは報道されるかどうかは別として、広報としてとても大事です


2007年10月15日 (月)

世界の若者、世界のリーダーたち、そして英国大使館でDavid King卿~世界から見た日本への期待と課題

前回のUNESCO-L’Oreal賞の選考でパリから帰国した翌日、10月7日から9日までの活動報告です。

7日の朝8時からBioCampへ。これは世界で活躍するNovartisが40人ほどのアジアの若者を対象に、2年前から年1回行っている“キャンプ”です(参考:12)。第1回は台湾で行なわれ、1986年のノーベル化学賞受賞者、李遠哲(Yuan T Lee)博士の基調講演がありました。第2回はSingaporeで、基調講演は科学担当大臣のPhilip Yeo氏、そして今回は、私と2002年のノーベル医学生理学賞を受賞されたMITのR. Horwitzさんが基調講演を行ないました。40人ほどの参加でしょうか、男女比は5:5。このうち日本からの参加が15人ほどで、男女比は7:3で男性が多かったです(ということは、他の国からの参加者は女性のほうが多いということです)。前日にパリで女性の研究者の選考をしたばかりでしたので、ちょっと寂しい感じがしました。

後で知ったのですが、翌朝の「みのもんたの朝ズバ」で90秒ほどですが、私の講演部分も含めて放映されていたそうです。私企業が世界の若者育成への貢献の例として取り上げたようです。

この基調講演を終えた後、すぐに京都へ。第4回のSTS Forumです。午前のセッションでは福田総理のご挨拶があり、好評だったようです。これには間に合わず、午後のセッションから参加しました。今年は4回目ということでかなり盛り上がっていましたし、数多くの世界のリーダー、友人たちと再会、新しい知己を得られる素晴らしい機会でした(写真1~4)。世界の多くの課題や政策等についての討論からしても、去年の会議から更に成長した感じがしました。なんといっても、気候変動や持続可能な社会といった問題は、世界の中心的な課題になっていることは間違いないというところです。ここでも日本への期待は大きいのですが。

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写真1 左から私、李遠哲(Yuan T Lee)先生吉川弘之先生、そしてWaldvogel博士




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写真2 左から私、Charles Vestさん、そしてYoungsuk Chiさん




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写真3 左から私、Egypt大使、Alexandria図書館 館長のSerageldin博士




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写真4 George Atkinson氏の後任として米国国務省Rice長官の科学顧問に就任したNina V. Fedoroff博士



9日、STS Forumの会議終了とともに帰京の途へ。品川駅から東京大学医科学研究所へ向かい、国際エイズワクチン推進構想(IAVI)創設者のSeth Berkley氏(2年前のダボス会議からの知り合いで、今回のSTS Forumにも参加していました。)とワクチン開発の講演に参加しました。

この日の夜は、英国大使館に英国首相の科学顧問、David King卿(参考:12)との夕食へ向かいました。勿論、来年日本が主宰する7月のG8サミットの話題が中心で、私のスタッフ4人(内閣官房、外務省、総合科学技術会議、日本学術会議から)にも同席してもらいました。

国内外にいろいろと課題が満載のG8サミットのホスト国ではありますが、気候変動、アフリカ問題等をどうするのか?台頭するアジアと、これらの地球規模の課題への日本のリーダーシップは?等、世界が注目する中で、ここが21世紀初頭の日本の正念場はないかと、私はヒシヒシと感じているのですが・・・。

今年のドイツでのG8サミットは日本の提案が大きく貢献 しましたが(その割には、国内外で評価が広がっていないのは、いつものことですが報道戦略が上手くないのだと思います)、さてそこで気候変動に関して日本は何を打ち出せるのか。さらに、アフリカ問題へはTICAD(参考:12)をサミット直前の5月に横浜で開催するという絶好の機会であるにも関わらず、いづれのテーマにおいても、世界が注目する中で、「国家の意思」が伝わってこないもどかしさがあるのです。

これは世界でも同じように感じているところです。「急激に動く世界の中の日本」が見えてこないのです。もっとも、これは予期しなかった政権交代があったとはいえ、とのことを認識した上でのことではありますが。

さて、皆さんはどのようにこれを感じ、どのように考えているのでしょうか?

しかし、疲れますね。私にはやれやれといった感じでしょうか。


UNESCO-L’Oreal賞、素晴らしい女性科学者たち

L’Orealという化粧品企業があります。UNESCOと行なっている、素晴らしい女性科学者を表彰するUNESCO-L’Oreal賞の選考委員として招聘され、4日の朝、パリに来ました。

ホテルは凱旋門や日本大使館、日本のOECD事務所などにも近いHilton。昼はUNESCOの近藤大使と公邸でお食事、日本学術会議時代から知り合いの秋葉さん、新任の坂下さん、そして、今年の5月にもご紹介した世界的な建築家のバンシゲル(坂茂)さんもパリにいたのでご一緒(写真1)しました。今は、国際コンペで勝ち取った第2ポンピドーセンターの建設で毎月2週間ほどはパリにいるそうです。

近藤大使は文化にも造詣が深く、「パリ マルメゾンの森から-外交と文化に関する24のエッセイ」という本も出しています。また、大方の予想を覆して、今年6月のUNESCOの会議で石見銀山世界遺産に選ばれたことにも深く関わっておられます。環境という点が高く評価されたのです。これは時代ですね。この6月末の会議に近藤大使がNew Zealandへ向けてパリCDG空港を出発する夜、私もちょうど東京への最終便を待って空港にいましたので、つかの間でしたが夕食をご一緒しました。

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写真1 右から坂さん、私、近藤大使、秋葉公使




5日はL’Oreal賞の選考委員会が開催され、委員長は1999年に医学生理学の分野でノーベル賞を受賞されたGünter Blobelさんで、審査員にはいままでの受賞者が何人もいらっしゃって、素晴らしいメンバーでした。UNESCOからは旧友のNaleczさん(Poland出身)が担当として出席していました。3年ぶりでしょうか、久し振りにお会いしました。一次選考の上で推薦されてきたのは、5つの地区(North America、Europe、Asia-Pacific、Latin America、Africa-Arab)の各地区の候補者5~10人で、素晴らしい方ばかりで難しかったです。活発な議論の結果、最終的にそれぞれの地区で一人ずつ、5人が選ばれました。結果はL’Oreal賞のサイトでみてください。来年3月にはUNESCO-L’Oreal賞は10周年を迎え、パリでは授賞式とともに盛大な事業が企画されているようです。これまで日本人の受賞者には、岡崎恒子さんと日本学術会議や科学ジャーナリスト協会賞の選考などでご一緒する米沢富美子さんがいらっしゃいます。

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写真2 Naleczさんと




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写真3 選考委員会の様子




夜はRadio France Philharmonic Orchestraのコンサートに出かけました。Gustavo Dudamel指揮、Leif Ove Andsnesのピアノ、ここはMyung-Whun Chungが監督です。曲目はBrahmsのConcerto for Piano with Orchestra 第2番でした。演奏終了後、休憩時間で失礼し、パリCDG空港へ。前回、近藤大使とCDG空港でお会いした時と同じ、23時30分発のAir France便で帰国の途につきました。

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写真4 夜のオーケストラ




しかし、このL’Orealも世界的規模の上手な広報戦略ですね。グローバル時代には特にこうした貢献が、企業の大事な社会貢献(CSR)として、見えない“intangible”、企業価値として評価されるのです。日本の企業もかなり貢献しているところもありますが、もっともっと必要です。


2007年10月 9日 (火)

少ない「投資」資金、新成長産業が伸びない日本

10月3日、JASDAQに招かれて講演しました。参加者は700人程でしょうか。熱気に溢れてはいましたが、もっと元気でもいいのでは(?)、とちょっと感じました。なぜかはよく分かりませんが、おとなしい感じがします。主宰者のJASDAQ社長の筒井さん、またパネルに参加されたザインエレクトロニクス(THine)飯塚さん(飯塚さんのインタビュー記事はこちら)とは、先日ご紹介した大連でも一緒でした。パネルは筒井さんの司会で、日本マクドナルドホールディングス社長の原田泳幸さん、ジュピターテレコム副社長の福田峰夫さん、ザイン社長の飯塚哲哉さん、そして私というメンバーでした。

日本は新産業、成長産業を盛り上げるお金が、OECDなど経済の大きな国としては極端に少ない国です(図1・2:どうしてこの図表がもっと広く使われ、メディアなどで知られないのでしょうか?)。1960年代から30余年にわたる大量の規格製品、石油という安いエネルギー源(1974年のオイルショックまで)、消費文化、供給者側の論理で引っ張られたFreeman and Perezの言う「第4のパラダイム」の下での経済成長で、“緩んで”しまっている感じがします。特にこの数年の景気回復は、アジアの経済成長とともに到来した感があるので、なおさらですね。日本の基本的な構造改革はまだまだなのに、です。危険ですね。冨山和彦さんの著書「会社は頭から腐る」「指一本の執念が勝負を決める」などで指摘されているとおりです。世界は急激に変化しているのに、成功体験が邪魔になって変われないのです。特に過去の成功体験をもった既得権者が高い地位に多すぎて、大抵抗勢力になっているのです。現場はまだまだ強いのに、企業はそれを生かしきれていないと思います。

図1: ベンチャーへの乏しい資金供給量--その1:日米欧のVC投資残高の推移

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図2: ベンチャーへの乏しい資金供給量--その2:諸国でのステージ別ベンチャー投資(GDP比)(1998-2001)

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出所: 「ベンチャーキャピタル等投資動向調査(平成17年度)」
注1: 米国は107円/ドル換算   
注2: 欧州は139円/ユーロ換算


この辺の社会背景については、サイトにいろいろと書かれてもいますし私の講演なども参考にしてください。この40数年、日本と米欧の3極の枠で済んでいたものが、アジアの急成長でアジアの日本が追いまくられている、という構図です。慢心も安心も、決してあってはなりません。

「投資」は国のお金、また税制だけではないのです。これらは政策としての一つの誘い水です。日本の「政産官」の「既得権の大きいところ」が、過去の成功体験、大銀行による中央集権的間接金融などに慣れてしまって、「融資」は考えても、「投資」ができない精神構造になっているのでしょう。起業家精神溢れる「出る杭」たちが、日本社会にはあまりにも少ないのです。これでは新しい産業は出てきません。、新しいグローバル時代のパラダイムでの産業構造と経済成長の競争は難しいです。産業革命以来の、産業と経済の歴史が繰り返し示すところです。新世代(年齢に関わらず)が出てくるのが大事です。

情報が広がるこの時代、世界は日本の状況を“よーく”知っています。上の2つの図をどう解釈しますか?どうすればいいのか、一人ひとりが考えてください。多分、いつものように自己の狭い過去体験にとらわれた縦割りの論理で、“too little, too late”の政策・戦略しか打てないのではないかと危惧しています。変れないのですかね、所詮は。最近、日本孤立、日本沈没論がではじめていますが、そうかも知れませんね。できない理由ばかり言って、ガチンコ勝負を経験したことのない人ばかりが上に立っているのですから。

海外のムードは、世界第2の経済規模ですが、日本はどうでもいいや、日本は“irrelevant”、関係ないね、という感じです。2010年には中国がGDPで日本を追い越す予測です。

優秀な、高い理想を追いかけようとする人たちは世界へと出て行くようになるでしょう。情けないことですが、これがグローバル時代なのです。

講演が終わって成田へ向かい、いつもの夜行便でパリへ出発しました。


2007年10月 1日 (月)

東京大学へのメッセージ: グローバル時代の一流大学の条件は?

「東大アクションプラン・ガイドブック 2008」を作成するので、私からもメッセージをと言われました。東京大学の学長諮問委員会(President Council)の一員でもあるからなのですが、これは素晴らしいメンバーが揃っています。去年11月のブログでもちょっと触れていますので見てください。

人材の育成が国家の根幹であることは、日本学術会議の2005年の「日本の科学技術政策の要諦」でも基本的な理念としてその中心をなしていますし、私も繰り返し発言しているところです。このグローバル時代の大学の役割というものは、世界でもどんどん変化しています。それにもかかわらず、日本の大学は古い制度に愛着を持っている人が多いですし(ある意味で当然かもしれませんが...)、利害関係者も多 く、自発的にはなかなか変われない。したがって、変化はゆっくりとしたものになり、グローバル時代の変化についていってないと思います。つい、イライラして、過激な発言も多くなってしまいます。このブログで「大学改革」などでSearchしていただければすぐ分かります。日本の将来を担う若い人たちが、これではかわいそうだと感じるからでもありますが...。「Chronicle of Higher Education」のinterviewは、外国の大学人から、「そのとおりだよ、、」と意見を頂きました。

「イノベーション25 終報告」にもいくつかのポイントが“閣議決定”として入っています。大学関係では、入学のときの「文系理系」の区分を止めることや、一斉の入学試験を止める等々です。また、人材育成に関しては“「出る杭」を伸ばす”、という言葉が4箇所も出てきます。

私の東京大学への“メッセージ”は、こちらです。

 "Personal Message as a member of the President Council"


とにかくグローバル時代の大学は、世界から多様な学部学生が集まり、将来の可能性を伸ばす場所にならなくては意味がありません。何度も指摘しているところですが...。このガイドブックが出たらお知らせします。


2007年9月25日 (火)

西湖の街、美しい杭州から

20~22日にかけて、マルコポーロが東方見聞記で「最も美しい街」と伝えた杭州に来ました(参考:「杭州について」「杭州の文化」「杭州の楽しみ方」)。緑が多く、西湖を囲む町並みは素晴らしいです。西湖の周り(約12キロ)を一回りすると、柳と楠、またプラタナスなどがたくさんあり、柳の並木も素晴らしく、この街の緑の多さに感動します(参考:杭州ナビ「杭州花園」)。

テレビなどで見たことがあるかもしれませんが、旧暦の8月15日前後(新暦で9月末)には、銭塘江が高潮によって幅の広い河口から徐々に川幅が狭くなる数百キロを、場所によっては2~3メートルの高さで海水が遡上する大奇観、とても珍しい現象が見られるのです。この現象はアマゾン河でもみられます。あと1週間だというのにすぐに帰国しなければならず、とても残念。

今回は中国内科学会総会の基調講演(「高齢社会の社会政策」)のために来たのですが、他のゲストも友人が多く、旧交を温められました。MelborneのMonach大学医学部のThomson教授、New England Journal of MedicineのEditor-in-ChiefのDrazen教授、Bern(Switzerland)の国際内科学会事務局長のKohler教授、Hong Kong大学医学部腎臓主任のK. N. Lai教授、中華医学会誌“Chainese Medical Journal”の編集長のZhaori教授たちです。ホストは中国内科学会会長、これも旧友のWang Haiyan教授(女性)です(写真1)。どこもグローバル時代を受けての改革、国際展開とそのダイナミズムがすごいですね。うらやましいかぎりです。

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写真1 レセプションで、左からLai、Drazen、Kohler、Wang、Thomson各教授、そして私




翌日には、私も「体液異常」の章で手伝っている、“Current Medical Diagnosis and Treatment”の編集長で、東大時代にも2、3度、私の臨床講義に来てもらった、UCSFのLawrence Tierney教授も到着しました。松村理司先生の「“大リーガー医”に学ぶ」(医学書院 2002年)でも紹介されていますが、彼は、毎年のように日本に来ていて、世界中で引っ張りだこの、すばらしい臨床の先生です。来月からも一月ほど日本に来ているということです。

このサイトを見てくださっている方はお分かりかと思いますが、世界中へいろいろと行きますが、普段は残念ながらあまり観光には行かないのです。というか、時間がなくて行けないのです。でも、今回は招請講演者以外の講演が全て中国語で、時間に余裕があったので、福井医科大学に留学経験のあるDr. Zhangfei Shou(寿 張飛先生:浙江大学医学院の関連病院に勤務、ここの医学部長が先週ご紹介した巴 徳年(Ba Denian)先生です。)がいろいろと案内してくれました。感謝、感謝。

霊隠寺(写真2・3)、そのお隣の飛来峰(写真4)、そして銭塘江を見下ろす六和塔(この「六」とは天地、東西南北の六つとか)(写真5)に行きました。杭州は昔からお茶と絹の産地として有名で、静岡市と姉妹都市を結んでいます。お茶の博物館「中国茶葉博物館」も訪ねました。この茶葉博物館では久し振りに、自然のなかでゆっくりとした気持ちになれました(写真6)。

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写真2・3  寿先生と霊隠寺で(山門の「霊隠寺」の額は江沢民氏の書いたもの)



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写真4  寿先生と飛来峰で




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写真5  寿先生と六和塔で








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写真6  お茶畑




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写真7  寿先生と西湖のほとりで




先月の大連に続いて、お隣の大国と、学術や民間で広範囲の交流が確実に広まっているのを実感できるのは嬉しいことです。

私がブログで引用しているサイトは、公式なものに限らず、実感のあるblogなども多く紹介しています。皆さんも興味があれば、どんどん情報豊富なサイトを探してください。

10月も、WHOの会議で北京に参ります。


2007年9月20日 (木)

世界華商大会へ、神戸から

日本で始めての世界華商大会が神戸で開かれ、医療についてのパネルにお招きを受けました。

中国からは杭州の浙江大学医学院長の巴徳年(Ba Denian)先生(昔、北海道大学で学ばれました、米国の医学アカデミーの会員でもあります)、Singaporeからは国立大学の臨床薬理学のリーダーのEdmund Lee教授、 Hong Kongからは私とRENAALを一緒に走らせた、Juliana ChanのプログラムのDr. Maggie Ngさん、そして司会は、京都大学の福島雅典教授でした。時間が足りなかったような気がしましたが、議論はなかなかよかったです。各国の競争ですが、私に言わせると、申し訳ないけど日本の遅さは際立っています。なんといっても大事なのは、研究者ばかりでなく、すべての関係者の一人ひとりに「起業家精神」での行動がかけているのだと思います。何度も言うように、これが私の「イノベーション」への中心的メッセージですが。

では、このパネルで私は何語でしゃべるのか。ちょっと不安で前日のレセプションへ参加、幹事の意見を聞きにいきましたが、スライドは英語にして、日本語で話すことにしました。勿論、中国語(Mandarin)、英語、日本語の同時通訳がありました。この会についても、参加者の一人、森下竜一さんが相変わらずすばやい報告をしています

前夜のレセプションでは船橋洋一さん、元日本経済新聞の小島明さん、元フィリピン大統領のラモスさん、言論NPO関係者や多くの友人にお会いしました。山本かなえ経済産業省政務官も見えました。中国大使館からは、中国衛生局から着任しておられる劉 志貴一等書記官にもお会いしました。大統領をされているときからでしょうか、ラモスさんは眼鏡をしていますが、これはレンズの入っていないもので、格好付け。また、最近は使わないそうですが、いつも葉巻きシガーを持っていますが、吸うわけではないのだそうです。これらも「印象」を意識してのことだとか、なかなかですね。

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写真 神戸で友人と。左から小島さん、私、一人おいてラモスさん




翌朝は神戸市長の矢田市長と面会し、神戸市のこれからのバイオ関係の計画等のお話を伺いました。基盤集積はできましたが、これをどのように生かすか、これが課題ですね。

日本で最大に成長しつつある臨床試験企業になっているEPSの厳社長、許常務以下の方々にはいろいろお世話になりました。お礼申し上げます。

20日からは杭州へ行きます。


やはり私は「変人」?「日本のステレオタイプを壊す人」?

9月19日の朝、横浜パシフィコで行なわれた「BioJapan 2007-World Business Forum」で基調講演をしました。まず始めに、米国のAlnylam Pharmaceuticals CEOのDr. Maraganoreさん(3年ほど前にこの会社のことでお会いしたことがあります)による“Progress in development of a new class of innovative medicines”。次に、DenmarkのNovozymes CEO、Mr. Riisgaardさんの“Bioethanol-A suatainable contritbution to the future energy supply”という題目の講演があって、そして私が“バイオ技術におけるイノベーション:どこへ向かうのか?”というタイトルで話しをしました。

OECDの方たちも見えていて、前夜、6人で夕食をしながら、歓談しました。旧知の方もお二人いました。結構、世界は狭いですね。

ところで、「東京特派員の告白」というカバーのNewsweek日本語版(9月19日号)が出ましたね。この中で、David McNeillさんが「本当の日本を伝えたい」という記事を書いています。彼は英国のIndependent紙の東京特派員ですが、他のいくつかの海外の新聞にも記事を寄稿しています。また彼は“Japan Focus”のコーディネーターでもあります。

さて、“エキゾチックな面の紹介を日本の当局者は好むが”という中見出しの所ですが、こんな一文があります。

「・・・また、日本は巨大な機械で、日本人はそこで働く顔のない働きバチのようなものだというステレオタイプを壊す人物を探し出し、紹介するのも好きだ。日本珍道具学会を主宰する川上賢司、内閣特別顧問の黒川清、デザイナーの高橋盾、作曲家の水嶋一江、和太鼓奏者の林英哲など、日本には個性的で才能豊かな人がたくさんいる。彼らの仕事を記事にまとめることで報酬を得られるのだから、私は恵まれている。・・・」

やはり、私は普通の日本人とは違うのでしょうか?特に気にはしませんが、むしろそのように「真っ当に」見ていただけると嬉しいですね。

夜は、英国の医療政策関係者やIndependent紙など英国メディアの方たちと、会食でした。


2007年9月19日 (水)

素敵な若者の会「プロジェクト13%」の講演

私の友人の一人に渋沢健さんという方がいます。最近人気の渋沢栄一の5代目で、UCLAのAndersen Business Schoolでも学んだビジネスマンです。彼のブログ、「オルタナティブ投資日記」「渋沢栄一の『論語と算盤』を今、考える」等、情報発信の量は相当なものですし、最近では渋沢栄一の思想に関する本もいくつか出版しています。Amazon等で調べてみてください。

少し前になりますが、9月9日(日)の午後、この渋沢さんが主宰する“プロジェクト13%”に呼ばれて、六本木にある由緒正しい国際文化会館でお話しました。集まった人たちは150人ほど。まず一見して若い人たち、そして女性が多かったです。多くは起業家たちで、これは日本で行なわれている多くの講演会では珍しいことです。先日紹介したRedHerringの時とは少し違う層のように感じましたが、多くは同様のスピリットを持った方たちと見受けしました。

私の基調講演から始まったのですが、最初に「40歳以上の人は手を挙げて」といったところ、約30%がそうでした。そして女性は約40%で、このことにもコメントしてイノベーションの話を始めました。

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写真1 私の講演。日曜の午後はカジュアルで。

私の後は、五百旗頭薫(東京大学)、西澤直子(慶応義塾)、島田昌和(文京学院大学)の、気鋭の若手学者3名によるパネルで、始めに、五百旗頭さんが「大隈重信」、西澤さんが「福澤諭吉」、そして島田さんが「渋沢栄一」について、一人ずつこれらの偉大な先人達を紹介し、見解を述べ、そしてパネルに入るといった流れでした(写真2)。このような若く、情熱あふれる学者のいることは、とても嬉しいことです。大隈重信について話をされた五百旗頭さんは、8月のブログでご紹介した、神戸大学教授から防衛大学校校長に就任された五百旗頭真(いおきべまこと)先生のご子息でした。苗字がかなり珍しいですし、学問分野も近かったので、そうではないかなと思っていました。皆、素晴らしかったですが、ちょっと時間が足りなかったですかね。

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写真2 パネルの様子。左から五百旗頭さん、西澤さん、島田さん、司会は小笹俊一さん(ブルームバーグTV)。



最後は、渋沢さんと最近何度かご紹介している多摩大学大学院教授の田坂広志さんの対談でした。

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写真3  田坂さん(左)と渋沢さんの対談。




素晴らしい晴天の日曜日の午後、燦々とした太陽の光の中で輝く素敵な樹木の自然に囲まれた庭園をみながら、久し振りに気分のよい、会合でした。

いろいろな方にお会いしました。皆さんとてもハッピーな午後を過ごしたようです。

今回のプロジェクト13%のセミナーについては、たくさんのブログで紹介されているのでいくつか紹介します。

 「クロスワイズ代表取締役です☆」

 「港区ではたらく女社長のblog」

 「Capriのゆる~い日記」

 「team_yama with Toshi」

など。

元気いっぱいな人たちなので嬉しくなります。

参加された皆さん、元気でね。

また、次の機会に。


2007年9月14日 (金)

大連から、New World Championsに出席して

9月5日から8日まで、大連に行ってきました。

いわゆるダボス会議(World Economic Forum-WEF)の主宰する“New World Champions”という会議です。毎年1月に開催されるダボス会議には7年連続で出席していますし、WEFの主宰するその他の会議にもいくつか出ています。このブログを読んでくれている方たちには結構おなじみかと思います。今年1月のダボス会議6月のSingaporeでの会議など、お伝えしているとおりです。大連では、とても大きな会場でした。

今回はアジアを中心に90ヵ国から1,700人ほどの世界のリーダーが集まり大盛会でした。特に若手、また新しい企業などの参加が多く、大変な賑わいでした。日本からは川口順子さん、古川元久さん、浅尾慶一郎さんなどの政治家や、大学関係では竹中平蔵さん、立命館大の永田理事長、石倉洋子さん等々。また朝日新聞主筆の船橋洋一さんや環境省の田村事務次官など、ビジネスの方々が中心ではありましたが、広い範囲で社会のStakeholdersが参加されていました。最近、このサイトでご紹介した田坂広志さんや藤沢久美さんにもお会いしました。

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写真1 会場入り口でWEFのGeneva本部 日本担当の坪内さんと




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写真2 左からWEF会議アジア総括のLee Howell、Geneva本部 日本担当の土屋君、石倉さん、私、竹中さん



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写真3 左から朝日新聞論説委員の高成田享さん、私、主筆の船橋洋一さん




私は2つのパネルにパネリストとして参加しました。1つは「The Transformative Potential of Science and Technology in Asia」というパネルで、webcastで見ることができます。このセッションの司会をされたGravesさんは以前、今は花形政治家の一人の小池百合子さんと、サンヨー電気の会長にもなって話題となった野中ともよさんをキャスターとして使った番組の制作に関わっていた方です。会議の後もメールのやり取りをしています。中国の科学技術大臣Wan Gangさんはもともと科学者で大学学長もなさった方です。ご意見も素晴らしいものでした。www.weforum.orgのサイトで調べてください。

また、私たちの仲間の近藤ジェームス、古川民主党議員、中田横浜市長、伊藤忠の千野さん、そして日本のWEFのYoung Global Leadersたちの企画で始まった「Table for Two」の広報活動も活発で、この会議中に世界へのプレスリリースも行われました。素晴らしいことです。先進国の肥満、糖尿病などの栄養過多の余剰を、食べ物もろくに取れない貧困地域の子供たちに、WFP(World Food Program)を通じて提供しようという画期的な発想に基づいた、実践的なプログラムです。多くの国内企業、国際企業に参加していただきたいですし、そのような企業をご紹介ください。このプログラムへの私の支援メッセージも読んでください。

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写真4 民主党の古川議員と私、“Table for Two”のポスターの前で




第2日目の夜のレセプションには温家宝首相がご挨拶に来られ、引き続いてテンポのいい素晴らしい数多くのショーが次々と繰り出されました

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写真5 レセプションでの聴力障害の若者たちによる「千手観音」。本当に素晴らしい、日本でもテレビで見た方もいるでしょう。



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写真6 レセプションのショーの1つ




私が参加した2つ目のパネルは、ディナーでのエネルギーのセッションです。楽しかったですね。私の核エネルギーに関する意見をとても支持してくれた、米国Securities and Exchange Commission(SEC)の元Commissionerで、20年ほど前には東京証券取引所を何度も訪問されていたというLady Barbara Thomas Judgeと1年ぶりの再会をしました。彼女とは昨年11月に北京で行なわれたBusinessWeek CEO Forumで一緒のパネルに参加しています。

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写真7 Lady Judge、私、石倉さん




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写真8 曹教授(大連出身で、立命館アジア太平洋で教鞭をとっていました)、永田理事長、私、JETROの塚本理事



いろいろな新しい出会いがあり、再会があり、友人の輪が広がり、ダイナミックなエネルギーに触れ、本当に刺激的な3日間でした。またたくさんの刺激を得ることができましたね。こうした私たちの参加活動が、日本から参加した若い人たちにそれなりの刺激を与えているようで嬉しいです。いつも発言しているように、将来は若い人たちのためにあるのですから。

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写真9 日本レセプションでWEF会長Schwab教授夫妻と私




大連の町はきれいです。日本がインフラを構築したこともあってか、大歓迎してくれます。あれが、満鉄の本社、あれが満鉄の研究所ですよ、とか教えてくれます。立派に維持され、町の中心にあります。日本企業も4,000社ほどあるそうで、経済、雇用の拡大等への日本の貢献は相当なものと思います。ホテルなどではほとんどの現地スタッフが日本語をしゃべります。

8日は朝5時半に起床。8時の飛行便で中部国際空港へ。そこから名鉄で名古屋駅に向かい、新幹線で東京へ。15時には日本腎臓学会発足50周年の記念講演会の会場に到着し、話をさせていただきました。その後、すぐに日本学術会議に向かい、毎年開催している「持続可能な社会」国際会議の第2日目に参加。18時から最後の締めくくりの講演をさせていただきました。

いやはや、忙しく飛び回っています。


2007年9月13日 (木)

イノベーションジャパン2007での基調講演、そして驚愕ニュース「総理退任」

9月12日、東京国際フォ―ラムで開催された「イノベーションジャパン2007」でパネルの基調講演をしました。13時から30分ほどお話しましたが、概略は先日の「GIES2007」ブログはこちら)やHelsinkiブログはこちら)で、それぞれ日本語と英語で話したものとほぼ同じで、スライドも大体同じです。それぞれのサイトに掲載されているので、読んで、見て、聞いてください。

さて、パネルの基調講演が始ったのはまさに安倍総理が辞任を発表したときで、その後のパネルの最中に司会をされていたNEDOの橋本正洋さんが上手に発表してくれました。

パネリストは総合科学技術会議の原山優子さん、我が国を代表する、異能で、有能で、明確に「出る杭」のイノベーターたちといえる東大先端研所長だった光触媒の橋本和仁さん、阪大教授でAngesの森下竜一さん、そして、NECからスピンアウトして素晴らしいLaser技術で起業した、これも「変人」と思われているCyber-Laserの関田仁志さん等で、素晴らしいパネルでした。これらのパネルや会場の様子は、いつものことですが、よりすぐれた描写で描かれている出口さんのサイトを訪ねてみてください。

会場では主に大学発ベンチャーの展示を見て回りました。日本女子大学 小舘香椎子教授のグループの女子学生たちの展示などなど。いつも言っているように、女性の活躍は世界レベルでの課題であり、楽しみでもあり、特に日本にとってはとても大事な課題なのです。

研究の成果には多くの素晴らしい「ネタ」がありますが、これらを事業化するのは「起業家」精神あふれる投資家、事業家が必要です。研究者の多くは投資家への説明も下手で、勿論、事業化の経験も、知識もないのです。ここが日本の課題です。この点では、最近の冨山和彦さんの著書「会社は頭から腐る」は実体験からのお話で、身につまされる点からも参考になるでしょう。ぜひ読んでください。


2007年9月10日 (月)

城山三郎さんのこと

偉大な作家、反骨精神にあふれた作家、城山三郎さんが今年3月22日にお亡くなりになりました。この2ヵ月間ほど、城山さんの精神、業績をたたえ、偲ぶ記事が多く見られました。城山さんの書くような立派なリーダーがいなくなったことを嘆いているように感じられます。そのとおりなのではないでしょうか。

実は、城山三郎さんは以前、私のことも書いてくださっています。

文芸春秋のシリーズで、私がまだアメリカにいたころのことです。城山さんが私の話を聞きたいと、ロサンゼルスに訪ねてこられたのです。その時は本当にびっくりして、ご当地には本当に立派な方がたくさんおられる、特に日系の方たちは本当に苦労され、戦争中は財産を没収され、マンザナなどの日本人強制収容所に収容されて苦労されながら、それでも成功し、戦後の日本の復興に多くの支援の手を差し伸べた方々が多いことを話しました。そして、和田フレッド勇さんをご紹介しました。城山さんはとても喜ばれて、和田さんのことも私のことと一緒に文芸春秋に書いてくださいましたし、私が日本に帰国したばかりの昭和59年に、和田さんが吉川英治文化賞受賞されたときも、城山さんのご推薦があったと聞きました。本当に嬉しかったです。和田さんもこの受賞を本当に喜んでいました。和田さんとは帰国した後も、東京やロスで折りに触れ何度もお会いしていました。2001年にお亡くなりになられましたが、本当にすばらしい方でした。

この城山さんの文芸春秋のシリーズは後に単行本になり、さらに文庫本になりました。1987年7月に出版された「アメリカ生きがいの旅」(文春文庫 刊)で、私のことが書かれている部分があります。その一部を紹介します。


 「アメリカ生きがいの旅」 城山三郎著 pp63-70(文春文庫 1987年7月)より


2007年9月 9日 (日)

EUの科学政策-FP7-について

EUではFranmework Programmeという科学政策を進めていますが、今回その第7版となりました。域内の学生のモビリティーをさらに促進するなどの施策が入れ込んであります。これについてインタービューを受けました。http://ec.europa.eu/research/rtdinfo/special_fp7/fp7/04/article_fp728_en.htmlで見ることができます。


2007年8月31日 (金)

ヘルシンキから

フィンランドに関しては、1991年にソ連が崩壊し、この国が一番ひどい状態だったときに大統領を務めたAhoさんとの付き合いがあります。この春に、ご本人から突然の電話があり、彼がPresidentを務めるSITRAが毎年開催している会議に参加して欲しいという要請でした。もちろん喜んでお引き受けしました。6月にはSt. Petersburgの会議でもお会いした、世界のリーダーのお一人です。今回は、その会議でHelsinkiにきました。

写真1  ホテル前の公園で
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Helsinkiは国際生理学会以来ですから10数年ぶりでしょうか。当時は宮川さんが大使をされていて、松田さんがDenmark大使でした。お二人は私がUCLA在任中にLos Angelesの総領事だったこともあり、知己を得ていただいていましたので、両方にお誘いを受け、お邪魔したのでよく覚えているのです。Helsinkiは落ち着きのある、きれいな街です。この辺りは大きな岩が目立ちますね。人口はHelsinki市内で50万、郊外を入れて100万ということです。到着した夜は本田大使のお招きで、坂元一等書記官と大使公邸での会食でした。

翌日は、6月27日のブログで紹介した「Global Innovation Ecosystem」のワークショップに参加のため、6月に1ヵ月ほど、ご家族(奥様とお子様2人。奥様はプロのバレーダンサーで、今は民族的背景を学びながら創作舞踊に携わっているそうです。)で東京にいらっしゃったTeppo Turkkiさん(写真2)と一緒に、芸術、デザイン、演劇を教えているUniversity of Art and Design HelsinkiThe Theatre Academyを訪問しました(写真3)。Finlandの人はデザインや演劇等の活動がとても好きらしく、大事にしているそうす。とても人気があります。大学の授業料は無料で、これは留学生でも同じことだそうです。恵まれた環境ですよね。日本や中国、韓国からの学生もいるそうです。

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Helsinki003写真3  アカデミーの学長さんと(勿論、後ろのポスターが話題になりました)






ところで、Teppoさんは日本訪問の報告をいくつかSITRAのウェブサイトに掲載しています。最近のものはまだFinland語なので、読めないのがちょっと残念です。英語でも読めるように、お願いしておきました。最近のマンガ「クール」など、日本の文化について本も書かれていますが、これもFinland語です。

夕方からは明日の会議の打ち合わせ。今回のテーマが「アジアとの課題: India, China, Japan」で演者がDr. Ramasami(Secretary to the Government, Department of Science and Technology)とDr. Jun Yu(Beijing Genomics Institute, Chinese Academy of Sciences)、そして私でした。

夜は、船で5分ほどのところにある島のレストランで、夕日を見ながらの楽しい夕食となりました(写真4~6)。10センチほどの茹でた“ザリガニ”が出ましたが、Ahoさんに扱い方を教わって、8匹ほど“捌き、頂き”ました。

NokiaのDr. Erkki Ormalaさん(Vice President of Technology Policy)も一緒でした。携帯電話の世界シェアはNokia 38%、Motorola 14%、Samsung 13%、Sony-Erikson 11%で、日本のメーカーは10数社合わせても一桁です。しかも、通話料金は日本が一番高いのですね。どこに問題があるか分かりますか?本当に考えさせられますね。

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