「毎日フォーラム」(2008年12月号)の記事

→English

「毎日フォーラム」(2008年12月号)の「視点」に私の記事が掲載されました。

小学校を核に「全員参加型PTA」で地域力向上
研究者や大学生は地元学校でボランティア活動を

健康であるためには健康なファミリーが必要で,健康なファミリーには健康な地域コミュニティーが必要だ-。昨年4月に政府の新健康フロンティア戦略会議の座長として「新健康フロンティア戦略」をとりまとめたが、この基本理念を強く訴えている。

内容は子供の健康、女性の健康、働き盛りの健康、高齢者の健康寿命を延ばそうというのが柱で、その中で私が主張したのは、予防を重視した健康作りを進めるうえで、家庭の役割を見直し、地域コミュニティーを強化することだった。都市化、核家族化、少子化、女性の社会進出の進展で文化や伝統とともに家庭や子育てなど世代を超えた知恵の伝承が難しくなり家庭力は弱まり、崩壊しかけている。若い夫婦は子供の突然の発熱に戸惑い、いきおい救急センターに駆け込むことになる。一番の問題は子育ての知恵が継承されておらず家庭力が崩壊しているということだ。

木に例えるなら家庭力、地域力を高めることが根と幹であり、個別の政策はその先の枝であり、葉の部分だ。そうした大局観のない論議をしているから、政策も小手先の対応になりがちだ。

現代社会でこの家庭力を補うのが、地域コミュニティーだ。都市も田舎も、日本はコミュニティーの一体感、結束力がなくなっている。一体感を失ったコミュニティーは、何か起きた時に一番リスクが高い。逆に、普段から一体感があるところは、一人暮らしのお年寄りの異変にも気づきやすく、災害など何かが起きた時に強い。家庭力を作るためには普段から地域力を付ける必要がある。

ヨーロッパは、街中に人が集まる広場があり、価値を共有するような教会など、もともと集まる場所があるが、日本にはそれがない。まずは全国に約2万2000校ある小学校の活用を提言したい。1年生から通う場所なので都会でも地方でも、人の集まる場所として比較的近い場所にある。これを核に時間のあるときにはお年寄りや若者、地区の母親などが集まる。みんなが見ているから先生はより授業に集中できるし、子供たちを先生に任せきりにすることもなくなる。常設の「地域全員参加型PTA」だ。子供が病気になった時も「こうすれば大丈夫」とか、母親同士で教え合う。子どもが病気なら気の合う知り合いに預けたりもできる。普段からそうした関係があると「お医者さんは誰がいい」という話も出て、地域の医師もみんなの仲間になる。自治体は巡回ミニバスなどを提供し、土日もこれらの自発的な地域活動を支援する。

コミュニティーの中では子供の健康、食事などをいろいろな人が見ていて、「朝はご飯をちゃんと食べなさい」とか、学校でお年寄り、他人が注意する場面も出てくる。しかられた経験のない子供が増えている現状では、周りとのこうした関係の構築は大切だ。街でもみんなが子供たちに自然に声をかけるようになり、子供たちも見られているから態度や姿勢もよくなる。多くの人が参加する学校に子供を6時まで留め置くと、大人のいるところで自習、復習、読書、運動、遊びといったさまざまな時間の過ごし方ができるし、親も安心だ。先生も自分の仕事に時間をさけるし、父母との関係もよくなるだろう。

一体感で予防医療に貢献

核家族の中で育った女性は(これは男性もだが)、兄弟姉妹や祖父母との接触が少ない、子供を抱いたりあやしたりする経験は、結婚して出産するまでほとんどしていない。コミュニティーの中では、妊娠時から「子供ができたのね」とか声がかかり、普段から周りが応援するようになると安心できるし、もっと明るい社会になるのではないか。たばこをやめた人や、運動でメタボから脱却した人がいればお互いの話題になり、試してみる。行政のトップダウン施策ではない、一体感のあるコミュニティーが予防医療も充実させる。

また、全国には保健所が約500ヵ所あるが、保健師や看護師などが積極的に地域に出ている地域は比較的には一体感があるという。それらの人たちが地域コミュニティーに入り込み、普段から交流することも大事だ。

もう一つは、大学の教員、大学院生、学生、事務スタッフのみんなが、自分の住んでいるところの近くの少、中、高校に行き、年間20時間程度の地域ボランティア活動(土日も含む)をすることを提唱している。学校の先生と一緒に授業をやれば、院生、大学教員も自分の発揮できる専門性に自信を持つし、先生からは子供たちの教え方を学ぶことになる。さらに大学生、院生にはインセンティブとして将来、学校の先生になれる資格を付与する。ボランティアをやった大学生には学校の先生を志望する人も多く、そういう人たちを30代からでも先生に登用するシステムを作れば教育現場も様変わりするだろう。流動性のある仕事やキャリアのあり方も、小学校を中心にした地域コミュニティーを強固にすると思う。こうしたプログラムは中高校、幼稚園、老人施設、病院などでも展開できる。全員参加型地域社会の形成であり、これを自治体が支援する。

働く女性を支援する組織で、病児保育の「フローレンス」というNPO法人があり、加入者が年間数万円を出し合って運営している。病気の子供を登録した人たちが1日預かってくれて、場合によっては医師に連れて行ってくれる。このようなボトムアップの活動を社会事業といい、担い手を社会起業家と呼んでおり、世界的に広がり始めている。こうした事業の広がりは地域コミュニティーの形成にもいい影響を与える。

コミュニティーは地方自治体などの上から与えられるのではなく、自分たちで作るものだ。世代を超えた交流の場を作っていかなければ、都会も地方も「地域社会のないこと」から日本は崩壊していく。健康も医療も「Back to Basics」で基本に立ち返ることが大事だ。すべての政策は健康な地域のコミュニティー作り、家庭力の回復から始まるということを強調したい。

 小学校を核に「全員参加型PTA」で地域力向上
 研究者や大学生は地元学校でボランティア活動を
 (毎日フォーラム 2008年12月号)